国旗についての物語
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クリミア共和国は独立国ではない。 2014年2月のソチ五輪直後、ウクライナでは首都キエフを中心に政治的混乱が起こり、当時のヤヌコビッチ大統領のロシアへの脱出、ロシア軍のクリミア半島への進駐経て、クリミア自治州議会の独立宣 […]
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そうはいかない。その住民投票が中央政府の認めるものであることが絶対条件だ。例外は1つ。コソボがセルビアから離脱したケースだ。 コソボは住民の大多数がアルバニア系、その人たちが独立を言い出した際、セルビア中央政府は断固とし […]
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ベルギーは1831年の独立以来、オランダ語に近い北部のフラマン語系とフランス語のような南部のワロン語系との対立が「言語戦争」といわれるほど続いてきた。建国以来、単一国家であったが、これがもとで1993年にフランデレン地域 […]
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スコットランドの独立がもし決まったら、その影響は少なくとも欧州各地に飛ぶ。 すぐにでも注目されそうなのが、スペインから独立したいカタルーニャ自治州。1992年にオリンピックを開催したバルセロナその中心だ。同自治州政府が1 […]
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ここでスロバキアの国旗についても触れておきたい。 1992年9月3日にスラブの盟主ロシアの国旗に紋章を付けたデザイン。 スロバキアの国旗 国章の複十字はビザンチン正教会のシンボル。三つの山形は実在する三つの丘であるタトラ […]
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チェコスロバキアは東西冷戦後の1993年1月1日、チェコとスロバキアに分離した。いわゆる「ビロード離婚」である。しかし、それまでの国旗はチェコの国旗としてその後も継続して使用されている。 チェコの国旗 第一次世界大戦後に […]
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国旗の歴史の中で、分離後も国旗が変わらなかったのが、マレーシアの国旗。1963年にこの国旗で英国から独立した時は、11の藩王国から成っていたマレー連邦とシンガポール、北ボルネオ、サラワクの3つが合体していた。このため、紅 […]
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1536年にウェールズはイングランドに統合されたため、英国旗「ユニオンジャック(ユニオンフラッグ)」には、ウェールズの「痕跡」もない。しかし、カーディフを最大の都市とし、スウォンジ、レクサム、ニューポートといった都市のあ […]
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英国旗の変遷はこのウィキペディアの示す通り。そこで、スコットランドが抜けたら、まずは2つのことが起こりうる。 かつては「太陽の沈むことなき大英帝国」の国旗だったが… 第1に、青地に白の斜め十字(聖アンドリューの十字)とい […]
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9月18日、スコットランドで独立の可否を問うレファレンダムが行われる。グラスゴー、エディンバラ、アバディーンなど親しみのある都市の名が思い出され、『国富論』のアダム・スミス、蒸気機関のジェームズ・ワットといった偉人を輩出 […]
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安倍首相のバングラデシュ訪問によるハシナ首相との会談で、同国が国連安保理非常任理事国への立候補をとりやめたため、日本が11回目の同理事国就任がほぼ確定した。1978年には独立間もないバングラデシュと争って敗れるという外交 […]
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1951(昭和26)年9月1日付毎日新聞の広告です。 寿屋って今のサントリーのこと。日本がサンフランシスコ講和条約に署名する1週間前の紙面です。 全ページ・カラー広告というのは当時、全く珍しいことで、独立回復の喜びを精一 […]
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