日本国の旗

日本国

首都 東京 言語 日本語
人口 128,056,026人(2010) 面積 377,914km²

武家社会の時代には諸武家はさまざまな色や形で「日の丸」を用い、元の来襲や文禄・慶長の役でも用いられた。御朱印船や徳川幕府の御用船(米を運ぶ船)の旗印でもあった。幕末の諸外国船の来航で、日本船と区別するため1854年、幕府は日本の「惣船印」として「中黒」(徳川の先祖とされる新田家の紋で白地の中央に縦の3分の1の横一文字の黒い帯)か「日の丸」かとの議論があったが、島津斉彬、徳川斉昭らの発意と進言で老中阿部正弘が中心になり、「日の丸」を採択した。

1860年、日米修交通商条約批准書の交換に向かった咸臨丸は「日の丸」を掲げて太平洋を往復。1870年1月27日、明治政府は太政官布告第57号で商船用の、そして同年10月3日、同651号で海軍艦船用の国旗を定めた。両者のデザイン的相違(縦横比と円の中心の位置が横の100分の1竿側によるか否か)もあって、1931年に石原善三郎衆議院議員により「大日本国旗法案」が提案され、同院を通過したが、折から満州事変となり、貴族院では審議未了、廃案となり、次の選挙で石原が落選したこともあって沙汰やみとなった。

新憲法では軍にかかわることとして651号が廃止され、戦後は有効な関連した成文法は57号のみであった、「日本の国旗である」のは慣習法的にまた国際的に明らかであった。しかし、教育現場での混乱が続いたことなどから、小渕恵三内閣のとき、野中広務官房長官が中心になって、国旗国歌法制定の動きが活発になり、1999年8月9日、参議院を通過、同13日から施行となった。

旗の様式は、先の651号と同じものである。東京オリンピック(1964)では円の大きさが縦の5分の3のものが用いられ、長野冬季オリンピック(1998)ではそれが3分の2となるなど、デザイン面での混乱もあった。同法では縦横比2:3、円の中心は旗面の中心、円の大きさは縦の5分の3となっている。

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