中央アフリカ共和国の旗

中央アフリカ共和国

首都 バンギ 言語 フランス語
人口 4,422,000人(2008) 面積 622,984km²

旧フランス領赤道アフリカ地域の植民地は、多くのアフリカ諸国が独立して「アフリカの年」といわれた1960年に、チャド、コンゴ、ガボン、中央アフリカの名で別々の共和国として独立した。

しかし、初代の中央アフリカ共和国首相になったバルテレミー・ボガンダは、フランスの統治を受けていたこの4つの地域を何とか一つの国として独立させたいと努力を重ね、国旗も自らデザインした。

旧宗主国フランス国旗の3色(青白赤)と、アフリカ諸国の国旗に共通の赤黄緑を合わせて考案したもので、4つの地域が、旗面の中央を貫く赤で強く結びつくという理想を表わした。

しかし、ボガンダの理想は実現せず、1959年に飛行機事故で亡くなった。

その後、赤は愛国心、青はフランスとの友好と希望、白は純粋さと理想、緑は農業と富、黄色は地下資源を表わし、星は自由と独立の象徴。

この国旗はその後のこの国の激動にも関わらず、50年以上、掲げられてきている。

すなわち、1960年8月、独立した時は、ダヴィド・ダッコ が初代大統領に就任したが、5年余が過ぎた1965年12月にダッコの従兄弟であるジャン=ベデル・ボカサ中佐(参謀総長)による軍事クーデターでダッコ政権が転覆。

翌月、同中佐が大統領に就任、以後、独裁政治が開始された。

1972年には、ボカサが終身大統領となり、1977年12月4日には国家予算の1/4に相当する2000万ドルをもかけたナポレオンの先例を思わせる戴冠式を行い、中央アフリカ帝国初代皇帝ボカサ一世となった。

それでも、この国旗が変更されることはなかった。

しかし、1979年9月、ボカサ皇帝の外遊中にクーデターが発生。

フランスの介入で共和制復活したが、依然、政局は不安定のまま、2003年5月にクーデタで政権を奪ったボジゼ元参謀長が大統領になり、今日に至っている。

それでもこの国旗だけは一貫して、この国ではためいている。

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