国旗のある風景 – ブリヂストン美術館で見る「三色旗」

先日、ブリヂストン美術館(東京・京橋)を訪問する機会があった。そこで見た2点にフランス三色旗(トリコロール)が描かれていました。

上の絵はフィンセント・ファン・ゴッホ(1853~90)の「モンマルトルの風車」、下は、ポール・シニャック(1863~1935)の「コンカルノー港」。

「モンマルトルの風車」については同美術館の解説がこう書いています。

<ゴッホがアントワープを去ってパリに着いたのは1886年の早春のことです。その頃ゴッホの弟テオはモンマルトルの丘の下に住んでいましたが、モンマルトルの丘の中腹に新たにアパルトマンを借り、兄とふたりで生活を始めます。そのアパルトマンのすぐ近くに、有名な「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」というダンス場がありました。この作品はそのダンス場の裏手から見た光景です。風車とその脇に飾られた三色旗が描かれていますが、10年ほど前にルノワールが描いた同じダンス場の華やかな情景と比較すると、ゴッホの雰囲気は侘びし気です。しかし、オランダ時代のゴッホ作品には見られなかった明るい色調が画面を彩っています。>

「コンカルノー港」についての解説はこうです。

コンカルノーはフランス西部のブルターニュ地方にある港町です。1891年夏、シニャックは愛用のヨット「オランピア号」に乗ってここから船出したことがありました(着いた先はコート・ダジュールのサン=トロペです)。後年シニャックは、フランスの港町を訪ねて水彩による「旅日記」を残しますが、1925年にコンカルノー港を再訪したときは油彩画も制作しました。この作品はそのうちの1点です。スーラの始めた点描技法による色点は、シニャックによってモザイク風の小片の筆触に変化します。この作品では、空も海も、その間に見える船も灯台も、青色やピンク色やオレンジ色や黄色の小片で表現されています。装飾的な華やかさが感じられます。

ゴッホが「モンマルトルの風車」を画いたのは1886年ころ、シニャックが「コンカルノー港」を画いたのは1925年です。いずれもフランス第3共和制の時代。「トリコロール」の多くは、青白赤の3色の幅が、30:33:37時代です。

これが第2次世界大戦後の1946年の第4共和制憲法で「青白青3等分の三色旗」となったのですが、1958年の第5共和制憲法(ドゴール憲法)では同じ文章で「3等分」の語が消えました。そして現在では、陸上では3等分ですが、海上では30:33:37の国旗が使われています。

やはり海上では、翻った旗を見ることが多いし、陸上では掲示された旗に接することが多いからでしょうか。フランス大使館の友人(複数)に聞いても、その事実さえほとんど知らないのですが、憲法を決めるときには、いかにもフランス的美学論争があったのでしょうか?

そんな経過を知る者として二つの絵を眺めるとシニャックの「コンカルノー港」の「三色旗」は3色が三等分ではないようにも見えてくるのですが…。


トゥーロン軍港(フランス)で出航準備にあたっているフランス海軍の補給艦「マルタ」。
国旗は30:33:37の海上用国旗。

フランス陸上用国旗

フランス海上用国旗
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