オクラホマ州の竜巻大災害に思う

まずもって、オクラホマ州での大竜巻で亡くなった24人の方々に衷心より哀悼の意を表したい。内、11人が小学生だという。


オクラホマ州の旗

オクラホマ州は1907年11月16日にそれまでのインディアン準州とオクラホマ準州を合わせて46番目の州に昇格してできた。そしてその州旗はとてもユニークなデザインと歴史を持つことを、この機会にご紹介したい。

オクラホマ州のいまの州旗は2代目。最初のがこれ。正式には1911年から25年までの州旗。数字はもちろん46番目の州を意味し、赤は「オクラホマ」がチョクトウ族というアメリカ原住民(Native American=アメリカ・インディアン)の言葉であるokla(赤) と humma(人々)の合体語であることを示している。3色は国旗「星条旗」に由来する。

しかし、1917年にロシア革命が起こると、この州旗は共産主義を連想させるということで不評になった。そこで新州旗のデザインについて公募が行われ、Mrs. George Fluke, Jrの案が選ばれた。

南北戦争のときチョクトウ族の兵士が掲げた青い旗を地色に、オセージ族の戦士が使う、ワシの羽で囲まれたバッファローの皮革でできた盾が中央にデザインされている。それによって州内の60ものアメリカ原住民の人たちとその先祖たちの名誉を象徴し、そして、その上に、6つの理想を表す十字のしるしを見ることができる。

さらにそれに重ねられたカルメット(calumet)とオリーブの枝は、アメリカ原住民とヨーロッパから渡来したアメリカ人たちとの和合(peace)と統一(unity)を表している。カルメットというのは、北米の原住民が和解のしるしとして吸う、飾りのついた長いパイプのこと。

初期においてこの地域はインディアンの各部族を強制移住させていた。そのため今でも他の州に比べ、インディアン各部族の保留地(Reservation)が非常に多く、それぞれが部族の旗を掲げている。

他方、オクラホマ州は天然ガスや石油の産出地として豊かであり、また、農業、バイオテクノロジー、航空機製造、エネルギー関連産業、通信といった他分野の産業基盤が確立しており、米国内で最も経済成長率が高い州の1つとなっている。

今回の災害にあたってテレビでは「星条旗」とともにこの州旗を見ることができた。州の人々を国旗や州旗が励まし、団結を促しているということであろう。
日本でもさまざまな報道がなされたが、ここでは5月23日付産経新聞の「産経抄」を転載したい。

米南部のオクラホマ州といえば、往年のプロ野球ファンなら南海のジョー・スタンカ投手を思い出すかもしれない。「大きいな」。昭和35(1960)年の来日の際、身長1メートル96のスタンカを取り囲んだ記者が、一斉に声をあげた ▼自分の出身地をなぜ記者たちが知っているのか、スタンカは不思議に思った。オクラホマ出身者は、米国では「オーキー」と呼ばれる。あとで、日本語の「オオキイ」が「ビッグ」の意味だと知って大笑いしたという(『ハロー、スタンカ、元気かい』池井優著) ▼東京オリンピックのあった昭和39年、スタンカは日本シリーズで最優秀選手に選ばれ、南海を日本一へと導く。最愛の長男が浴室でのガス事故で亡くなるのは、翌年のシーズンが終わってまもなくだった。葬儀の途中、悲しみのあまり失神する夫人を、スタンカが抱き起こす場面もあった ▼オクラホマ州は、竜巻の多発地帯としても知られている。そういえば、『オズの魔法使い』は、隣のカンザス州にある少女ドロシーの自宅が、竜巻によって飛ばされる場面で始まっていた ▼それだけに、自宅に地下室や鋼鉄製の避難所を設置するなど、住民の防災意識は高い。しかし、今回被災地となったムーア市では、最大風速が秒速90メートルと推定される巨大竜巻が、けた外れの破壊力を見せつけた。車や馬を巻き上げながら、住宅、商店をなぎ倒していった ▼竜巻の進路に小学校があったことが、悲劇をさらに大きくした。全壊した小学校では、多くの児童ががれきの下敷きとなっている。現場では、親たちが行方不明の子供の姿を半狂乱になって捜す、あるいは涙を流しながら座り込む姿が見られるという。「オーキー」たちの慟哭が、聞こえてくるようだ。

10月10日の東京オリンオック開会式を目前に控え、日本のプロ野球は日程を早めて終幕し、9月、プロ野球・南海ホークスはスタンカの活躍で日本シリーズを征していた。そして翌年のスタンカ家の悲劇は日本中を悲しませた。そしてこのエッセイが私にあの事故を思い出させた。

オクラハマを訪問したことはないが、竜巻に悲しみが湧く。ご冥福を祈りつつ、1日も早い復興を祈念したい。

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