インドの国旗物語① 靖国神社遊就館の絵がおかしい

4月22日、靖国神社春の例大祭に出席し、参拝してきた。結構寒かったが、荘厳で厳粛な式典に身の引き締まる思いがした。

久々に遊就館をゆっくり見学した。なかなか立派なミュージアムになっていると、行くたびに感心するが、依然、ところどころに残念な、ないしは疑問とせざるを得ない展示もないわけではない。

数年前にも指摘する文書を送ったことがあるが、返事さえいただけないのは遺憾である。

明日にでもあらためて文書でご忠告申し上げるが、とりあえず気付いたことを少し書いてみることにする。


「日本軍と共に勇躍前線に進出するインド国民軍」と題する原田重穂画。

まずは、この絵(原田重穂作)。作者は第15師団(牟田口廉也師団長、中将)歩兵67連隊の将校だった。1944年3月15日からのインパール作戦に従軍し、戦後、公的な記録を含めてさまざまな貴重な証言をのこしている人だが、この絵でインド国民軍(INA)が今のインドの国旗を掲げているのは解せない。


マハトマ・ガンジー

1921年に採択された旗

1931年に採択された旗

1947年に制定された現在のインドの国旗

インドの旗はインド独立運動の指導者カンジー(1869~1948)の思想に基づく提案から生まれた。ロンドンに学び、南アフリカで人種差別反対運動を指導したのち帰国。国民会議派を率いて民族解放・独立のためのスワラジ(自主独立)・スワデシ(国産品愛用)、非暴力・不服従運動を展開したことでマハトマ(偉大な魂)とおくり名されたことで知られる。

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