血を表す赤を取り入れた国旗


南アフリカの国旗。
赤は過去の対立の中で流された血と伝えられている。

産経新聞の坂本鉄男ローマ特派員が「外信コラム」に時々書く記事は、ソウルの黒田、ロンドンの内藤両特派員のコラムともども、内容が豊かで示唆に富むものであり、愛読している。4月7日には「イタリア便り 赤い靴の職人」と題して、こんな記事が出ている。

赤い靴といっても野口雨情の詩に作曲された童謡「赤い靴」のことではない。ローマ法王の靴のことである。

新法王フランシスコは清貧をモットーとする。アルゼンチンのブエノスアイレスの大司教時代、立派な大司教館に住まず、そばの小さなアパートで自炊し、大司教用の公用車にも乗らずバスと地下鉄を利用していた。

法王に即位してからも、首から下げる十字架は従来の伝統だった純金製でなく鉄製のものを用い、儀式用の衣装も華美を避け、特製の赤い靴も履いていない。

法王の靴が赤いのは、血潮の色で表される殉教者への敬意を示すとされている。

最近の法王用特製靴の製作者は、先々代の法王ヨハネ・パウロ2世が病気のため足元がおぼつかない様子を見て、履きやすい靴を製作して献上した北伊ノバラ市の靴職人だ。

前法王ベネディクト16世には、8年間の在位中に牛革製の赤い靴5足のほか、室内履きと登山靴2足を献上したそうで、「前法王の靴の裏がすり減っているのを見て、よくこんなにお履きくださったと職人冥利(みょうり)に尽きた」と語っている。新法王は現在履いている型の崩れた黒い古靴をどんな靴に替えるのだろう。

この記事の「法王の靴が赤いのは、血潮の色で表される殉教者への敬意を示す」というところで、私は高校生の頃、一度、国旗の勉強が嫌になったことを思い出した。

1950年代末にガーナ、ギニア、マリなどアフリカの国々が次々に国旗を採択し、独立して行く過程で、発表された国旗の赤が、独立闘争、犠牲、独立戦争で流された血を表すといった説明がなされて来ると、世代的に「戦争を知らない子どもたち」の一期生(終戦時に4歳)として、身震いするほど国旗の赤が嫌いになったからだ。いま思っても、なんとも純真と言おうかナイーブというべきか、恥ずかしい限りだが、私にもそんな時期があったことを、思い出であろうとも、大事にしたい。

「独立戦争のための血」という説明はその後も多くの国旗についてなされていることを知り、(さすが?の)私もリアリスティックに国旗の赤をじっと見ながら、それぞれの国の独立闘争の現実や歴史を学ぶようになった。ケニア、シリア、アルメニア、南ア・・・各国の歴史には「血塗られた過去」があり、その犠牲者をあるいは追悼し、あるいは礼賛し、国旗にその象徴として赤を用いているのである。それはこれまでのローマ法王が履いていた赤い靴と同じ意味だと言えるだろう。

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