オランダの国旗の影響② – ニューヨーク市旗

猪瀬東京都知事は2020年のオリンピック東京誘致を兼ね、ニューヨークを訪問しているが、その市旗はオランダの国旗の影響を強く受けているデザインだ。
ニューヨークはかつて、オランダの首都の知名をもとに、ニューアムステルダムと呼ばれていた。オランダ人が25ドルでインディアンから買ったという話があるくらいの未開の地だった。


ニューヨーク市旗

1609年、オランダ東インド会社に雇われた英人ヘンリー・ハドソンがこの地のよさを発見した。当時、アメリカ大陸の全容は未知であり、アジアに通じる航路があるに違いないとの仮説から、同社が探検隊を送ったのであった。

今日のハドソン川はこのハドソンが探査し、流域一帯をオランダ領ニューネーデルラントと宣言したことに始まる。ハドソン川の名はハドソンの名にちなむものである。ニューアムステルダムと命名された1626年頃、ハドソン川下流の地域、今日のマンハッタン島南端にオランダの植民拠点が建設され、1653年には正式に市の資格と称号を与えられている。

このときに築かれた防壁(ウォール)に沿った地域が今日、世界の経済・金融のセンターとされるウォール街である。

しかし、本国オランダは1664年、英軍が侵攻してきたためオランダ総督ストイフェサントは無抵抗で降伏した。これが、第二次英蘭戦争(1666~67)に発展し、これを終結させたブレダの和約でニューアムステルダムはイングランドに割譲され、復活なった英王朝のチャールズ2世はこれを弟のヨーク公(後のジェームズ2世)に与えたので、ニューアムステルダムはニューヨークと改称されたのであった。1672年からの第3次英蘭戦争では一時、オランダが奪い取るということもあったが、最終的にイングランド領となった。

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