オランダの国旗の影響① – 南アの国旗に

1924~94年までの南アフリカの国旗。中央には英国、オレンジ、トランスバールの国旗が並んでいる。後の2カ国はオランダからの移民たちが建てた独立国だったが、19世紀末からのボーア戦争で奮戦むなしく、英国に費え去り、南ア地域の英国領であったケープ植民地とともに1910年、南ア連邦となった。

英国は融和策に努め、オランダの国旗の中にこの3つを並べるデザインを採用した。


旧南ア国旗

南アフリカの国旗(レインボーフラッグ)

1980年代、なんどかこの国を訪れる機会があったが、まるで英国のカントリーサイドのような雰囲気の中で、アパルトヘイト(黒人差別政策)が歴然とした形で行われていた。経済関係が深いことから、日本人は「名誉白人」という不名誉な名前で呼ばれ、「白人並み」という扱いだったが、入国手続き、ホテルでのチェックインなどすべで後回し、ホテルの部屋も位置に悪いところだったり、レストランでもトイレの前や入り口付近を与えられるのが常だった。

国際社会の圧力に屈して、1994年、南アは人種差別政策を放棄し、マンデラ氏が釈放され、大統領となった。その結果、多くの白人はオーストラリア、イギリス、オランダなどに新天地を求めるということもした。治安も悪化したし、経済も落ちこんだ。

しかし、近年の発展は目覚しく、2006年のサッカーW杯の開催をはじめ、BRICSの構成メンバーとして、アフリカの希望の星という人も多い。

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