フランス軍、地雷撤去しつつマリ平定に尽力

2月6日付朝日新聞によれば、フランスが軍事介入した西アフリカ・マリで仏軍が制圧したはずの都市周辺でイスラム武装勢力が地雷や仕掛け爆弾によるテロ戦術を始め、市民の被害も出ているという。


マリの国旗

フランスの国旗

同紙は、<首都バマコから北東約850キロにある町ゴシ。地平線まで乾いた砂の大地が広がる。4日早朝、大きな爆発音とともに地響きがして、黒い煙が上がった。仏軍の駐屯地から4キロ先で見つかった地雷二つを仏軍が爆破した>と報道している。

杉山正記者はまた、<3日から仏軍の軍事物資を運ぶ車列約50台に同行して北部を縦断し、最大都市ガオに向かっていたが、地雷の情報が入ってきたため、当日はガオに入れず、ゴシの駐屯地の駐車場で一夜を明かしたという。そこに偵察ヘリが離着陸。仏軍の担当者は「敵が近づいている。銃声を聞いたらすぐに車の中に入れ」と忠告した>と報じ、さらに<仏軍によると、武装勢力は夜中に周辺の村からバイクでやってきて地雷を敷いていくのだという。ゴシから約10キロの地点では地雷が爆発し、マリ軍兵士4人が死亡。道路脇には黒こげのトラックが転がっていた。ゴシからガオへの沿道では、市民が車列に向かって「マリ、フランス、万歳」と手を振っていた>とフランス軍がマリ政府軍を支援して、マリ国内の安定に努めていることを住民が歓迎していると書いている。

対人地雷は、戦闘行為が終了してからも軍人・市民の別なく、24時間、半永久的に人命を脅かし、道路や土地を使用できなくなることから、1997年に「対人地雷全面禁止条約(オタワ条約)」が締結され、フランスやマリなど多くの国が加盟している。しかし、政府の締結した条約に縛られない反政府勢力やテロリストはこれに拘束されず、軍事的には安価で有効な小型武器として重宝される。

私自身、第3次印パ戦争時に東パキスタン(その直後にバングラデシュとなる)のインド領トリプラに向かう国境地帯で危機一髪だった経験もあり、日本の同条約への加盟には熱心に取り組んだ一人だった。58万部も刊行された絵本『地雷ではなく花をください』(文・柳瀬房子、絵・葉祥明)の監修にあたり、関連の国際会議を主催した難民を助ける会の幹部として微力を捧げた。同年のノーベル平和賞授与式には同会の長 有紀枝専務理事(当時。現・理事長。立教大学教授)が受賞団体ICBL(地雷禁止国際キャンペーン)の13執行団体の1つとして招かれ、共同受賞者となった。同時に個人として受賞したジョディ・ウィリアムズさん(ICBL事務局長)とは今でも毎年のようにお会いしては飲み交わしている。

フランス軍が地雷という卑劣な武器を圧倒して、国連安保理の決議に従い、マリ情勢の鎮静化に成功することを期待する。


独立当時1959~61年)のマリの国旗。
国旗に人間が描かれているのはほかにもベリーズがあるが、こういうデザイン化された国旗はこの旗のみ。
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