朝日新聞が変わった – いいえ、あなたが遅れているのかも


朝日新聞2013年元旦号第一社会面

元旦の朝日新聞社会面トップの記事<日の丸を掲げたい街 「人がつながっていたあのころ感じる」>に驚いた方もいらっしゃるかもしれません。「朝日が日の丸を称揚するような記事なんて珍しいですね」「朝日も変わったね」というような感想のメールを6人もの方からいただきました。

朝日が変わったのでしょうか?もしかして「あなたが遅れている」のかも。記事は主として、国旗掲揚率日本一をめざす石川県中能登町、「日の丸」発祥の地と自称する鹿児島県垂水市、市内の全小中学校に十字国旗掲揚を指導する大分県津久見市の状況を紹介しています。

日本を代表するような新聞が元旦にこういう記事を出すことは当然であり、これを疑問視するほうが少々、立ち位置が偏在しているのではないでしょうか。

日の丸。官民を挙げて掲揚に乗り出した市や町がある。かつての繁栄への郷愁、どうにもならない行き詰まり感。旗への素朴な思いが、街を染めていく。

石川県中能登町は掲揚率日本一を目標に掲げている。能登半島の真ん中にある米作と繊維の町。31日夕、全約6,600世帯に町内放送が流れた。

「年の初めをお祝いするため各家庭での日章旗の掲揚について、ご協力をお願いします」

町は昨年9月、日の丸購入者に千円の商品券を配る制度を始めた。提案したのは町議の作間七郎さん(69)。2005年に3町合併でできた町の初代議長だ。

始まりは新しい町の「日本一」探し。合併前の旧鳥屋町が10年余り前、町制60周年を記念して全世帯に日の丸を無料配布したことがあった。「日本で一番祝日を祝う町だ。予算もかからない」。終戦時2歳。戦争の記憶はない。日の丸とも結びつかない。

50~70年代、一帯の企業集積率は「東洋一」と言われた。繊維製品の工場がひしめき、東北から集団就職者が押し寄せた。ガシャン、ガシャンと機織りの音が24時間響いた。年の瀬には子どもが家々を回り、大人に見守られ餅をついた。

旗日には、家々の軒先に日の丸がはためいていた。

「近所同士、人同士がつながっていたあのころ、大切にされていた礼儀や感謝の気持ちも日の丸に感じるんですわ」

繊維製品の生産地は中国や韓国に移り、町はさびれた。工場数は往時の1割以下。3世代同居の大家族はめっきり減った。

議会では異論もなく、町は全世帯の半数近い3千世帯分の予算を組んだ。ポール付きセットで3700~4800円の日の丸を紹介するチラシも配った。だが、昨年末までの申請は約70件。杉本栄蔵町長(71)は「まだ少ないね。私としても、日本国民として国を大切に思い、掲げるべきだと考えている」と言う。町は日の丸購入の呼びかけを強める方針だ。

日の丸を掲げていない家の主婦(52)は周囲に目をやって声を潜めた。「わざわざ買うつもりはないけど、旗を揚げている家を見ると負い目みたいなものを感じますよ。感じること自体おかしいんですけどね」

桜島と鹿児島湾を望む鹿児島県垂水市。12月中旬、「国旗日の丸のふるさと」と刻んだ碑が道の駅にできた。幕末の薩摩藩主、島津斉彬が外国船と区別するために、初めて日の丸を掲げた船を造った地だ。

町の人口は約1万7千人で、50年代の半分以下。4校あった中学校は3年近く前に1校に統合された。商店街にはシャッターが下りた店が目立つ。

九州新幹線が11年春に全線開通してからも、一向に波及効果が出ない。若手経営者らの話し合いで上がったのが日の丸だった。

「記念碑を建て、桜島を背に写真が撮れるスポットにすれば人が集まる」。約20人が昨年2月、建立費を集め始めた。日の丸を観光に使うことに、企業からは「不謹慎だ」との声が返ってきた。市も「右翼の街宣車が来ても困る」と乗り気ではなかったが、運動が広がるうちに後援に入り、職員がカンパを出した。約800万円が集まった。

中心メンバーで市議の堀内貴志さん(52)は言う。「日の丸は地元の財産。『俺のふるさとは日本のシンボルのふるさとでもあるんだ』と、子どもたちに誇りを持たせたい」

大分県津久見市教委は昨年1月、国旗を毎日掲げる「常時掲揚」を市内の全小中学校12校に指導した。掲揚台がない学校には約100万円で新設した。

推し進めたのは、県商工労働部の次長級幹部から市教育長に登用された蒲原学・副市長(60)。きっかけは一昨年の春、教育長として臨んだ2度目の卒業式。君が代斉唱になっても、数十人の卒業生の視線は宙を泳ぎ、口を開かなかった。

「教育基本法は『国と郷土を愛する』を目標に掲げている。公教育は法律に従ってなされるべきだ。イデオロギーの問題ではない」

毎月の校長会で、教育基本法と学習指導要領の徹底を繰り返した。音楽の授業で君が代を練習するように、とも言った。昨春の卒業式で子どもたちは皆、声を上げて君が代を歌った。

「国家主義・軍国主義の復活につながる」と学校への日の丸持ち込みに反対してきた県教職員組合は大きな反対運動を起こさなかった。「地域に行動を展開する力が残っていなかった。このままだと異論を言いにくい世の中になってしまう」。岡部勝也書記長(47)は苦渋の表情を浮かべた。

12月の終業式の朝。新しく掲揚台ができた津久見小学校で平川英治教頭(54)が日の丸を掲げた。「2月からの日課ですよ。苦情はありません」

散歩で通りかかった60代の男性が1人、日の丸の前で足を止め、ぐっと頭を下げて去っていった。
(泗水康信、山本亮介)

写真も3枚も掲載されており、説明もしっかりしています。「昨年の天皇誕生日、家々の軒先に日の丸が掲げられた=石川県中能登町」「早朝、児童が登校する前に日の丸を掲げる平川英治教頭=大分県津久見市の市立津久見小」「道の駅たるみずに完成した日の丸の記念碑。背後の桜島から噴煙が上がる=鹿児島県垂水市」とあります。

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