伊藤博文の「日の丸演説」 – 補正②


前年の1871年に太政官布告第57号で定められた商船用の国旗。

ネブラスカの州昇格で37星になった、当時の米国旗(1867~77)。

サンフランシスコ到着は明け方だったようですが、金門橋をみた一同は「景色ウルワシ」と感嘆の声をあげたのでした。連日、歓迎攻めと視察に明け暮れましたが、23日夜8時からはひときわ大きな歓迎宴が開かれたのです。

席上、答礼のスピーチを行った岩倉に続いて、伊藤博文(1841~1909)が登壇し、約300人の貴賓を前に、英語で演説をしました。これが後に「日の丸演説」といわれ、国旗を公に海外で説明した最初の出来事とされています。

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