中国の国旗「五星紅旗」のデザイナー


中華人民共和国(中国)の国旗「五星紅旗」

中国の国旗を考案した曾聯松の銅像(上海市嘉定長安墓園)

曾聯松が考案した中国国旗の原案大きな星の中に、当時のソ連国旗の鎌と槌が描かれていた。

中国の国旗「五星紅旗」、1949年7月に、経済学者で芸術家でもある曾聯松が、中国人民政治協商会議が行った公募に応じてデザインし、9月27日に採択され、10月1日(その後この日は「国慶節」とされ「建国記念日」となっている)、天安門広場にこの旗が国旗として初めて掲げられ、世界に示された。

大きな星の外接円は旗面の高さの3/10、小さな星の外接円は同1/10である。

この国旗については中華人民共和国憲法第136条で、「中華人民共和国の国旗は、五星紅旗である」と定めているが、1990年には中華人民共和国国旗法が制定され、旗の掲揚方法や取り扱い方などが詳細に規定された。

中国国家質量監督検験検疫総局と中国国家標準化管理委員会が頒布した規格《GB 12983-2004:国旗颜色标准样品》では、赤と黄色について数値で決定し、誤差の許容範囲までを定めている。

建国55周年にあたる2004年の「国慶節」を前に同年9月23日、上海市の嘉定長安墓園に、中国の国旗「五星紅旗」原案をデザインした曾聯松(1917~1999)の銅像が建立された。銅像は右手に筆を持ち、「五星紅旗」が風にはためく姿を心に描きながら、デザインを考えているような姿をイメージして造られている。

ちなみに「五星紅旗」の大きな星が中国共産党、4つ並ぶ小さな星は、中国の労働者、農民、小資産階級・愛国的資本家を指し、小さな星の向きが大きな星の中心になっていることは、中国共産党の指導のもとに、これら、革命を推進しようとする人民が中国共産党の指導のもとに大団結する様子を表現している。

曾聯松は浙江省瑞安県の出身。1936年に、國立中央大學(1949年に南京大學と改名し、1962年、台湾で同じ名前の大学が復活)経済学部に入学。後に、抗日救亡連合会に参加し、革命に投じた。かつて、上海市の政治協商会議の常任委員を務めていたこともある。

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