ポルトガル国旗の天球儀って? – 映画「天地明察」にも


映画「天地明察」撮影用に製作された天球儀(右)と地球儀

映画「天地明察」のプログラムから

天球儀は、宇宙からみた天空の様子を描いたもので、星座の組み合わせや動きを判断して、円滑な航海と安全を図る道具。紀元前255年に古代ギリシアのエラトステネスが作ったものが最古とされる。西暦150年前後にローマ帝国で彫刻の一部分として製作されたファルネーゼ天球儀といわれるものがナポリの国立考古学博物館に展示されている。


天球儀を描いたポルトガルの国旗

天球儀からの星座を描いたブラジルの国旗

また、中国でも紀元前1世紀の漢の時代から独自に発展してきた。特に、後漢代の張衡(78~139)の名は特筆すべきだ。張衡は政治家、天文学者、数学者、物理学者、地理学者、発明家、製図家にして、文学者であり詩人という後世のミケランジェロのような天才とでもいうべき人物であり、世界最初の水力渾天儀(117年)、水時計、候風と名付けられた世界初の地震感知器(地動儀)(132年)などがある。

この地動儀により、実際に500㎞も離れた地点の地震を感知できた。ある日、人々が少しの揺れも感じないときに、この機器を用いて地震の発生を感知した。数日後、甘粛から急使が来て、地震の発生が報告されたという。張衡はまた、月の直径も計算したとされ、太陽の1年を、365日と1/4と算出した。

イスラムのサラセン帝国で改良された。723年に唐の僧・一行と官吏・梁令瓚は、張衡の水力天球儀に脱進機を取り付け、世界初の水力時計を製作した。宋時代の有名な時計台製作者である蘇頌は一行の水力時計を改良した。また学者で政治家の沈括は日時計の指針、天球儀、水時計など多く道具の改良を行っている。

ルネサンス期のヨーロッパでは科学者が天球儀を片手に持った姿が多数描かれている。天球儀は、地球の周りの星の動きを説明するのに使われている。17世紀にヨーロッパで望遠鏡が発明され、18世紀までは天文学者にとって、天球上の星の配置を決定する最も重要な道具だった。

日本へもオランダから平戸や出島に持ち込まれ、今夏、私は平戸歴史資料館で極めて精巧な当時の天球儀を拝見させていただいた。

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