国名が似ていても別の国旗② – スロバキアとスロベニア


スロバキアの国旗

スロベニアの国旗

1980年代に東欧に巻き起こった民主化の動きの中、共産党が急速に退潮、チェコスロバキア共和国は1990年3月に「チェコ及びスロバキア連邦共和国」となった。

しかし、両者の分離傾向はさらに進み、1992年6月の総選挙をへて、スロバキアでは「民主スロバキア運動」が進み、スロバキアの国旗は、1992年9月3日にスロバキア憲法で制定され、翌1993年1月1日、独立国スロバキアが誕生した。

国の分離独立はしばしば流血の惨事となるが、内外のマスメディアが“協議離婚”と表現したように、両国の場合には十分な話し合いをしてほぼ円満に分かれた。

駐日大使館も、同じ東京・南青山の以前からの建物を分けて使用し、庭には2つの国旗を別のポールに併揚していた。その後、スロバキア大使館は港区元麻布に移転し、チェコ大使館だけが従来の港区広尾に残っている。

白青赤の三色旗は汎スラブ主義の色で、ロシアの国旗と同じ。スロバキア人は西スラブ民族。紋章はキリスト教の複十字国章の複十字(ダブル・クロス、またはPatriarchal cross「総主教の十字」)。これは本来、ビザンチン帝国(東ローマ帝国)の東方正教会のシンボルであるが、スロバキアの国民はカトリックを中心とするキリスト教徒が多い。他のスラブ諸国に配慮したものか。

国章のあるなしを除くと、このデザインは1848年、スロバキアがオーストリアと同盟してマジャール人のハンガリーと戦った当時から使われている(オーストリア・ハンガリー帝国時代の1848年革命=メッテルニヒの英国亡命)。


垂直掲揚時のスロバキアの国旗

ハンガリーの国章

この国旗を垂直掲揚(縦に掲揚)する場合は、国章も縦向きのデザインのものにする。国章の三つの丘は実在する三つの小山(タトラ山、ファトラ山、マートラ山)を表す。しかし、現実にはマートラ山はハンガリー領内にある。これらの小山は旧ハンガリー王国の北辺に続く山がちな国土を示し、15世紀以前からハンガリー王国の国章に描かれていたものである。このスロバキアの国章の「復十字と三つの丘」のシンボルはハンガリーの国章にも使われている。

一方、スロベニアは南アルプスに連なる岳陵地帯。イタリア、オーストリア、ハンガリー、クロアチアに囲まれ、かろうじてアドリア海への出口を持つ。旧ユードスラビア最西端の国。国民は南スラブ人だが、早くからカトリック教徒となった。

第一次世界大戦後、クロアチア、セルビアとともに独立、やがて第二次世界大戦を経て、チトー大統領の指導の下に、ユーゴスラビア(南スラブ人の国)となり、赤白赤の横三色旗の中央に、黄色で縁取られた赤い大きな星の旗となった。

1991年6月、ユーゴから分離独立を宣言し、セルビアを中心としたユーゴ軍と10日間の戦闘を行い停戦。翌1992年3月、日本政府はスロベニアとクロアチアの独立を承認した。

新国旗はロシア国旗と同じ白青赤の横三色旗で、この国がスラブ系の民族から成っていることを表わす。

ブラソン型紋章には、南アルプスの最高峰トリグラウ山(海抜2864m)と3つの星が描かれている。紋章の中とはいえ、ヨーロッパの国旗に星が描かれる例は、その後のボスニアヘルツェゴビアとコソボの国旗に見られるだけで、ごく稀である。

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