国旗を焼いたり損壊することはいけません②


中華民国(台湾、国府)の「青天白日満地紅旗」

長崎国旗事件の2年前、1956年7月に京劇の名優梅蘭芳が中共から来日した際に、大阪市内で街宣車に掲揚されていた国府国旗の「青天白日旗」を取り去るという事件が発生した。

これは関西華僑自由愛好同盟による抗議デモが行われたが、その時雇い入れた車両からの抜き去られる事件である。この時は国府政府からの処罰要請により大阪地検が捜査したが、日本の民間人が持っていた国旗の持ち去りを外国国章損壊罪で処罰するのは無理であるとして不起訴処分にしている。

本来なら窃盗、器物破損、軽犯罪などとして処分しておくべきではなかったかと、私は考える。


梅蘭芳は「世界を虜にした男」とまで言われた

梅蘭芳(メイ・ランファン、1894~ 1961年)は清末から中華民国、中華人民共和国にかけての代表的京劇俳優。女形として「四大名旦」の一人といわれる。近代演劇の技法をも導入した日本の歌舞伎に触発され、京劇の近代化を推進。「梅派」を創始し、20世紀前半、日米ソなどでの公演を相次いで成功させた。日本では中国人の名前を日本語の発音で読むのが当時は当然(今もほとんどの場合はモー・タクトウであり、ト・ショウヘイ、コ・キントウ、シュウ・キンペイ)あるが、大正時代から例外として「メイランファン」という呼び方で、絶賛を博していた。

ウィキペディアによれば、「日中戦争の間は、一貫して抗日の立場を貫いたと言われ、日本軍の占領下では女形を演じない意思表示としてヒゲを生やしていた」という。朝鮮戦争直後の1956年、周恩来首相の指示により訪日京劇団の団長となり、未だ国交のなかった日本で京劇公演を成功させ、その後、中国共産党に入党したがほどなく心臓病で死去した。

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