硫黄島には「日の丸」と「星条旗」が①


オバマ大統領は2009年11月14日、東京のサントリーホールで日米の友好と協力でアジアの平和と発展を図ろうと訴える演説を行った。写真はそのときのステージ奥の両国旗。ポールの高さが約3m弱。

2005年6月、米軍の招待で”小泉チルドレン”9人などとともに硫黄島(東京都小笠原村)に行きました。よく晴れわたった日で、大島をはじめ伊豆七島が眼下に手が届くように見えました。

厚木の飛行場から1,200キロ、米軍の輸送機(双発プロペラ機)で二時間近くかかりました。


硫黄島で着発訓練をする米第7艦隊艦載機

米軍輸送機で厚木基地から硫黄島に降り立った筆者

同行したジェームズ・ケリー在日米海軍司令官から説明を聞く筆者。硫黄島で。

この厚木飛行場こそ、かつて日本海軍の航空基地として首都防衛に当たったところであり、終戦直後の45年8月29日、マッカーサー総司令官がコーンパイプを加えながら、勝利者として初めて降り立ったところです。日本側では海軍の精鋭たちがこの搭乗機の着陸を阻止しようと、滑走路にバリケードを築くなどして妨害行為を行いました

しかし、安藤明を首領とする運送会社安藤組の働きかけと協力で、着陸直前になって、滑走路を片付け、小さな星条旗をつけた小型機を迎えることが出来ました。『安藤明―昭和の快男児 日本を救った男』に詳しく出ています。

私は長女の亜紀子さんとは高校時代から赤十字のボランティア活動を通じての知り合いで、作家でユースホステル運動の創始者である中山正男がこの秘史を週刊文春に連載したとき、日米間の想定外の危機を救った、ご尊父・安藤明という人物に、すっかりほれ込んだものでした。

それはそうと、硫黄島は日本語では「いおうとう」といいますが、英語では「Iwojima」。富士山を「ふじさん」と「Fujiyama」というようなものでしょうか。もっとも幕末のころ、幕府は「丸」という当時としては最新鋭の軍艦を持っていましたから、案外、こちらはそういう名前から来たのかも知れません。

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