宗教に悩まされ続けてきた赤十字のマーク①


スイス国旗

赤十字旗

アンリ・デュナン

トルコ国旗

赤新月旗

これと対照的なのが赤十字の標章(マーク)です。国際赤十字は、1863年に16カ国で発足したときには、いずれもキリスト教国であったので、創立者のアンリ・デュナン(1828~1910)の祖国であり、創立に大きな支援を与えたスイス政府に敬意を払ってスイス国旗の色を逆にしたものです。

当時は加盟国がいずれもキリスト教国でしたから十字の形でよかったのですが、トルコが加盟するに際して赤新月 Red Crescent とし、シーア派主体のイランの加盟に際し、当時のイラン国旗の中央にあった赤獅子太陽 Red Lion & Sun を標章として採択し、公認されました。


1979年のホメイニ師らによる帝政打倒
(イラン革命)までのイラン国旗

イランの赤獅子太陽社時代の標章

もう少し詳しく、見てみましょう。

1878年の露土戦争に際し、トルコは赤十字 crossではキリスト教のイメージが強く、自国の将兵の士気にかかわるとして赤新月crescentを用いることをICRC(赤十字国際委員会)やロシア側に通告したのです。ICRCはそれで効果的な戦時救護が出来るならやむを得ないと考え、一時的な措置としてこれを容認したのが、赤新月標章の始まりです。

しかし、その後ペルシャ(現イラン)、シャム(現タイ)等が新たなマークの承認を求め、イスラム諸国にも赤新月がいいというところが出てきました。あとで記しますが、わが日本も、赤十字の標章をすんなり受け入れた国ではありませんでした。

以下は、2006年4月4日、東京財団の虎ノ門DOJO(道場)でわが司会をして行なった、畏友・近衞忠煇(ただてる)日赤社長の講演録をもとに加筆したものです。参考までにお伝えします。

基本的な論点は、赤十字に宗教的意味のありやなしやであり、ICRCは一貫して「無し」として赤十字一本にすることを主張しつづけて今日に至っている。

日本もその理解で条約に加盟した。しかし「ある」と考える国もあり、新たな中立のシンボルマークを作るべしとの提案も何回か出ている。そこで1906年にはわざわざ宗教的意味がなく、スイスの国旗の色を逆にしたものとの解釈が公式に記録された。

それでもその効果はなく、1929年の捕虜条約採択時に赤新月と赤獅子太陽 Lion & Sunが正式に保護の標章として加わった。イスラエルは1937年以来、「ダビデの赤楯」を使用したいと運動し、1949年のジュネーブ条約の制定時には投票の結果、賛成21、反対22、棄権7という僅差で否決されている。

イスラエルが「ダビデの赤楯」にこだわるのは、3500年来使ってきた実績とナチスの犠牲のシンボルとしての意味を付しているからだが、事実上一国を満足させるために条約まで改正することには、多くの国と社が不快感を示しており、政治的な妥協以外の何ものでもないと捉えている。

但し、この動きはイスラエルのダビデの赤盾社、パレスチナ赤新月社の双方が歓迎しており、両社は、昨年の11月28日には協力関係を強化する覚書を交わしている。

それに比べれば、国連旗のオリーブの枝に、寡聞ながらキリスト教国以外が文句を言ったとは聞かず、話が収まっているようです。

また、「耶蘇の印じゃ」の日本も、今や日赤は国際赤十字の中心的な位置を占め、近衞忠煇日赤社長は昨年2月に、赤十字社連盟の会長に就任して東奔西走しています。

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