「ホームレス女性がテントに立てた、一本の星条旗」(柳本卓司著)


アメリカ合衆国の国旗

柳本卓司衆議院議員といっても、失礼ながら、大阪の人は別として、はっきり言ってほとんどの日本人がご存じないのではないでしょうか。そこで、まずは少々プロフィールを紹介しましょう。

1944年、大阪の生まれ。早稲田大学では政経学部に学び、雄弁会幹事長。その後、大学院経済学研究科修了後、中曽根康弘事務所に勤務。1975年、最年少で大阪市議に当選、3期11年つとめ、1990年、衆院議員に初当選、以後、6期。現在、自民党副幹事長。

「世が世ならば」大臣の1つや2つはやっているはずの当選回数なのですが、いかんせん、「世が世」ではないのです。きつすぎるくらいのお灸が続いている自民党所属議員なのですから。とりあえずは党の再起を期待しましょう。「学芸会内閣」に国民はもうあきあきしていますから。

私と柳本くんは彼が中曽根事務所に入ったころから、昵懇の間柄。30人以上もの秘書がいた時期ですから、同じ大学院の先輩であり、ともに尊敬する第一秘書・上和田義彦先輩のもとで、陳情の取次などをしていた青年でした。市議にでようということになり、中曽根夫人といっしょに選挙の応援に西成区に行ったこともあります。

しかし、今や「大阪維新の会にあらずんば人にあらず」の観さえある大阪で次回の選挙はかなりの覚悟が必要かと、それなりに心配しているほどです。

その柳本くんがこのほど『三十三年の夢 志熱く 止むことなし』(産経新聞出版)を刊行しました。私は原則として政治家の本はあまり信用しませんし、読まないできました。しばしば代筆ですし、正直言って、読みたいほど魅力的な人物がそう多いとは思いません。

柳本くんもこれまで数冊、上梓していますが、正直なところ、目次は見ても、中曽根元総理について書いたもの以外は読んでいません。(ごめんね、柳本くん!)

それが今回は目次を眺めていたら、「ホームレス女性がテントに立てた、一本の星条旗」という一文に目が留まり、思わずそこから読み続けてしまいました。小欄同様、わが後輩の文章は決して名文ではありませんが、これこそ本人が書いた「ホンモノ」の感動が伝わってくるように思います。

好漢、一層の活躍を祈ります。

私は、あるテレビのニュース番組を見ていて、強い衝撃と、感動を受けたことがある。

それは、アメリカのサンフランシスコ郊外に出現した、ホームレスの人たちのテント村の写真であった。その人たちは、がらんとした原っぱのような場所で、小さいテントを張って生活していた。全員が、れっきとしたアメリカ市民である。納税義務も果たしていた。

それが、最近になって、勤め先から再雇用されなくなったのである。レイオフされたのである。

その上、彼らは、住んでいた家を差し押さえられ、追い出されてしまったのである。失業に加え、「サブプライム」という低所得者向け住宅ローンの金利が、ここにきて急上昇したため、従来の収入では払えなくなってしまったのである。

それで家を差し押さえられたので、やむなくこうして、外でテント生活をしているというのである。

四十代とおぼしきその女性は、淡々と、テレビ・レポーターの問いに答えていた。

この状態から再起したい、だからそのためのチャンスを与えて欲しいと訴えていた。

その時である。カメラが、彼女のテントの頭上へと向いたとき、そこには一本の細竹の先端に、星条旗がはためいていた。

そのアメリカの国旗は、彼女のその時の気持ちを、ありありと伝えていた。
『私はいま、こうしてホームレス生活をしているが、しかし、私はアメリカを愛している。私はアメリカ市民であり、アメリカは私の祖国だからだ』──と。

私はこの光景を見たときに、思わず熱いものが、胸からこみあげてくるのを覚えた。

住みなれた我が家を取り上げられて、ホームレスとなっても、原っぱに張った小さなテントの頭上に、アメリカ国旗を掲げている、その心根よ──と。

そして、「アメリカの神よ、この女性と、そして同じ境遇にある人たちが、かならず再起できるように、力とチャンスをお与え下さい」と、祈ったのである。

それにしても、サンフランシスコなどの大都市で、郊外に建ち並ぶ一戸建ての家が、軒並み無人化して、「売り家」の看板が立っている光景をテレビ・ニュースで見て、私も深い衝撃を受けた。「ここまで現状はひどいのか」と、愕然とした。

もちろん、これらの住宅は、はじめから空き家だったのではない。れっきとしたアメリカ市民が、温かい家庭を営んでいた家だったのである。それがある日、差し押さえにあって、追い出されてしまったのだった。

このアメリカの「売り家」の看板が並んだ、かつての住宅街をテレビで見て、私は、当時、日本でも、数年の間に、大都市や地方都市の商店街で、シャッターを下ろしたままの店が、増えている光景を思い浮かべたのである──。

これまで、長年にわたって、地域の人々の生活に役立ってきたそれぞれの店が、立ち行かなくなって、店を廃業していった。

それぞれの店ごとの事情はあるにしても、一番大きな背景は、それまで数年以上にわたって、日本では、アメリカ仕込みの「市場万能主義」が、猛威をふるったのだった。

これは、人件費も含めての、コスト・カットによる利益追求主義となって、そして、中国等の安い人件費でつくった物がどんどん流入して、単純な価格競争に負けてしまった。

その結果が、全国に散在する、がらんとしたシャッター商店街となったのである。

その日本では、まだまだアメリカ発の「市場万能主義」の猛威は、続いている。そして、政権交代はしたものの、政治の体温も、極端に低下したままである、と私は感じている。

今のアメリカの政治の体温も、そうであると思う。政治の体温が、極端に高まったり、低下したりと、アメリカ本来の民主主義の常温になっていないのである。

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