「日の丸」「君が代」は侵略戦争の遺物?① – 安保理常任理事国の過去


日本の国旗

2012年6月現在の国連安保理常任理事国の国旗


1960年以来の米国旗

1800年以来の英国旗

1830年以来の仏国旗

ロシアの国旗

1949年以来の中国の国旗

上記と異なる第2次世界大戦時の国旗


1912~59年までの米国旗

1923~91年までのソ連国旗

1928年以来の中華民国旗

私は「日の丸」も「君が代」も日本の国旗・国歌として最善であると考えます。国旗国歌法の国会審議の時も、参考人として招かれましたので、そのように公述しました。国旗国歌に抵抗のある方の多くは私より少し上の世代であり、戦争を経験した苦悩からの反対か、自省の思いからではないでしょうか。

若い人たちにもさまざまなきっかけ?からか、賛否両論というか、忌避派と受け入れ派があるように思います。

ただ、老若男女、善男善女、美男美女のみなさま、あなたはアメリカ、イギリス、フランス、さらには中国やロシア(ソ連)の国連安保理常任理事の国旗には違和感を覚えないのでしょうか? 

それらの国旗をデザインしたバッグや紙袋、Tシャツ、帽子、レストランの入り口、大リーグの球場、各国の空港 etc.で出会うこれらの国々の国旗は、若い人たちにとって、ファッションのように、もてはやされていますね。

「日の丸」についても、フェイスペインティングに凝ったり、小旗を振ったり、サッカー競技場の観覧席を覆うような大きな旗を広げたり、香山リカさん(精神科医)のいう「ぷち・なしょ(プチ・ナショナリズム)」で受け入れられています。

そんな21世紀であっても、まだ、「日の丸」を嫌悪する人もいます。暗い時代の「日の丸」だけを思うと、そういう人がいることがわからなくもありませんが、しかし、英米仏露の4カ国について言うなら、近世、近代、現代史において、最も帝国主義的に世界中に侵出した国ではないでしょうか。

メトロポリタン美術館、大英博物館、ルーブル美術館、エルミタージュ美術館…、全部が全部とはいいませんが、古来、数々の戦争で獲得(略奪)した、戦利品の山ではないですか。これらを訪ねると、いずれもそれぞれの国旗を掲げ、日本人観光客(訪問者)が大勢出かけているのを見かけます。

アメリカは第2次世界大戦後、最も多くの戦争を行った国です。中でも、ベトナム、カンボジア、グレナダ、パナマ、イラク、アフガニスタンなどでの戦争は、かならずしも問題なしとは言えません。

また、先年、拓殖大学の主催でモスクワの東洋学研究所図書館付属国際会議室で学術会議が開かれ、参加しました。その部屋には、ゲーテ、カント、ハイデガー、ニーチェなどドイツ語の初版本や原典が大量に、ただ陳列されているままなのです。

そして、副所長がにっこりと微笑みながら臆面もなく、堂々と言うのです。「これは全部、ドイツから奪った戦利品です。すばらしいでしょう。でもただ並べて置くだけですが」。

他方、中国の「五星紅旗」はこれを掲げて、朝鮮半島、インド、ベトナム、ソ連、台湾と戦火を交え、また、数千万人という自国民を、あるいは餓死させ、あるいは銃殺して喪くした共産党独裁国家でありながら、それでいながら平和(中国語では和平)国家を口にし、さらに軍事力の急速な拡充を続けている国です。

もちろん、第二次世界大戦で日本が非の打ちどころがない立派な戦さをし続けたなどとは到底、思えません。また、どの国とも2度と戦争をしたくはありません。しかし、あの戦争で連合国はすべて立派であったと言えないこともいろいろあります。

ですから、連合国の国旗は礼賛され、日本人にももてはやされ、「日の丸」は「恥ずかしいもの」という考え方には、組みすることができません。それはあまりに自虐的、ないしは、欧米に対する特殊な劣等感の持ちすぎではないかとさえ、思います。

むしろ、あの大戦を経ても変わらなかった日本の国旗・国歌は圧倒的大部分の日本人に世代を超えて受け入れられ、愛着を持たれているからであり、同様に、5つの安保理常任理事国の国旗も、それぞれの国民が支持しているからであり、どの国旗にも恥ずかしい過去もあるし、明るい未来への希望も託し得るということではないでしょうか。

何も日本人だけが自国とその象徴を卑下することはないと確信します。

「君が代」については、それが好きか嫌いかは各自がいろいろ意見を持っているか思いますが、日本国憲法で天皇は「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」となっています。

「象徴=日本国」なのですから、「日本よ永遠に」と賛美することに違和感を感じるのはどうかと思わざるをえません。

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