国旗のある風景8 – 平戸は日本最初の国際都市


一楽食堂から眺める「日の丸」と蘭英両国旗(平戸市)

去る5月23日、私は平戸市法人会のお招きで同市を訪問し、世界の「国旗と国家主権」について講演しました。その時は同じ場所に「日の丸」とともに、赤白青の横三色旗であるオランダの国旗と「ユニオン・ジャック」の名で親しまれている英国旗が4本ずつ並んでいました。


オランダの国旗

イギリスの国旗

私は「一楽食堂」というところでチャンポンをいただいていたのですが、そのお店のすぐ前の海岸通りにですから、「あれっ?! これがどこの国旗か私を試しているのかな?」と少々、僻んだ気分がしましたが、そんなことはありません。週末に蘭英両国の総領事がそろって来訪するからでした。(もちろん「ほっ!」というわけでもありません。)


フランシスコ・ザビエル

三浦按針(ウィリアム・アダムズ)

平戸は16世紀末から18世紀にかけての日本最大の国際都市でした。1544年に初来日したフランシスコ・ザビエル(1506~52)が四度も訪れたし、1600年に臼杵に漂着し、家康に寵愛された三浦按針(ウィリアム・アダムズ、1564~1620)は平戸で亡くなっています。オランダはイギリスとの商戦に勝ち、英国は撤退しましたが、オランダは1639年、わが国で初の洋風建造物である「オランダ商館の倉庫」を見事に建てました。一昨年それが完全複製され、今は一般公開されています。

しかし、あるいはその見事な建築ぶりに幕府が恐れをなしたのか、わずか2年後には、オランダは長崎の出島に押し込められました。

はっきり言って、平戸は東京から行くにはあまりに不便です。長崎空港からバスで佐世保に出、そこから松浦鉄道(1時間に1本)で、市街地にはさらにタクシーに乗らねばいけないようなところです。

しかし、16世紀から17世紀にかけて、わが国随一の国際都市だった、島と入江の美しい至る所、史跡と言った感じの街です。

「佐世保のハウステンボスまでが修学旅行生の定番コースになってしまいました。もう少し足を伸ばしてくれるといいんですが…」の街の声。

引率教師が怠慢なのかもしれないと思わざるを得ませんでした。

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