国旗のある風景6 – 中国と台湾の国旗が平戸でいっしょに

昨年(2001)年7月14日、長崎県平戸市での「鄭成功生誕祭」で、こんな光景がありました。国旗「日の丸」とともに中国の「五星紅旗」と中華民国(台湾)の「青天白日満地紅旗」が翻っているのです。


中国の国旗

台湾の国旗

先日、平戸法人会のお招きにより、平戸市で「世界の国旗と国家主権」について講演した際、中野浩会長から、こんなことがあったと聞かされ、写真をお送りいただきました。

中国と台湾の両国旗が併用されているということはめったになく、例えば、双方が加盟しているAPEC(アジア太平洋経済協力機構)の会議でさえ、ウィキペディアで次のように書かれているくらいです。

APECは政治色を排除し、経済協力に焦点を絞ったフォーラムであるが、中華人民共和国と中華民国(台湾)の政治的関係を反映し、1991年の台湾の参加時に、台湾からの首脳会議への参加者を経済閣僚または財界指導者に限定するとの慣例が確立され、この慣例を守るべきことが明文化されている。

2005年11月の釜山での首脳会議の際にも、台湾は立法院長・王金平の出席を予定していたが、中国の抗議や、韓国の拒否により、総統府経済顧問召集人・林信義を代わりに派遣した。しかし、2008年11月のリマでの首脳会議では、台湾からは過去最高クラスの国家元首級となる元副総統・連戦(国民党名誉主席)が出席し、中国の国家主席・胡錦濤と会談を行った。これには、台湾の中国国民党と中国の共産党両党の政治操作という背景があるのではないかという憶測が流されている。

この写真の光景について詳しいことを知りたいと、平戸市観光協会のHPを通じ、質問しましたら、即日、市のHPの該当箇所を添付してメールで送ってくださいました。

<注> 鄭成功(1624~62):父・鄭芝龍と日本人の母・田川松の間に生まれた。幼名を福松と言い、幼い頃は平戸で過ごすが、7歳のときに父の故郷・福建につれてこられる。自身の目標である「反清復明」を果たすことなく死去し、また台湾と関連していた時期も短かったが、鄭成功は台湾独自の政権を打ち立てて台湾開発を促進する基礎を築いたこともまた事実である。このため、鄭成功は今日では台湾人の不屈精神の支柱・象徴(開発始祖)として社会的に極めて高い地位を占めている。

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