世界最大の民主主義国家インドの理想と現実


インドの国旗。

インドの国旗はヒンズー教の色であるサフラン(オレンジ色)、イスラム教の色である緑、そして、仏教、シーク教、ジャイナ教、キリスト教などその他の宗教を表す白から成っています。これによって、インドが特定の宗教に偏った宗教国家ではなく、宗教から離れた政治を行う世俗国家であることを示しているのです。

しかし、21世紀の今でも、その理想と現実とはかなりの隔たりがあることを、2009年3月11日付の朝日新聞が報じています。<インドで反欧米・他宗教排斥 「ヒンドゥー至上」過熱>との見出しで、世俗国家インド、世界最大の民主主義国家を標榜するインドの現況を報じています。マンガロールから小暮哲夫記者のレポートです。

パブでの女性の飲酒やバレンタインデーのお祝いは許さない、インドでヒンドゥー至上主義集団が独善的な「インドの伝統」を振りかざし、欧米文化や異なる宗教の排斥を市民に過激な行動で押しつける例が相次いでいる。経済発展に取り残された層の不満も背景にあるようだ。

「ふしだらな振る舞いをやめろ!」。南部カルナタカ州にある人口約40万の新興都市マンガロールのパブ「アムネシア」を若者40人が襲ったのは1月24日夕。酒を飲んだり踊ったりしていた女性らを表に引きずり出し、暴行した。

若者らはヒンドゥー至上主義集団「ラム・セナ(ラーマ神の軍)」のメンバー。「女性が飲み歩き、喫煙するのはインド文化に反する。夜は家にいるべきだ」と主張した。

計29人が逮捕、31日に保釈された。すると2月5日、今度は「バレンタインデーに人前で愛を表現する男女はヒンドゥー寺院に連行して強制的に結婚させる」と宣言した。

バレンタインデー前日の13日、州警察は混乱防止のために約400人を拘束。当日、カップルは外出を控えた。マンガロール市内で暴力行為はなかった。ふだん恋人がデートする公園やビーチは人影がまばら。所在なげにベンチに座る警官の姿が目立った。

取材中、パブ襲撃に加わったという4人組に市内の別のパブで出会った。襲撃の理由を尋ねると、シャイレシュ(19)と名乗る男性は「あのパブでたばこを吸う若い女やキスする男女の情報が入っていた。やめろと言ったが、無視したから引きずり出した」。昨年末はショッピングモールのファッションショーも襲って中止させたという。「女性モデルが肌をあらわにしていたからだ」と答えた。

市内の人気パブ「フロト・オン・トップ」では、いつもは満席になる80席の半分も埋まらず、カップルや若い女性の姿はなかった。会計係のラバントさんは「襲撃事件後、売り上げは6割減。以前は客の4割が女性だったが、今は5%くらい」と嘆いた。

マンガロールは港と空港があるため近年、情報技術(IT)の国内大手企業が進出。大学も増え、若者向けのパブが増えた。一方、周辺の主産業は農産物加工や漁業という「伝統社会」の顔も持つ。

パブ襲撃の映像はテレビで流され、騒ぎの余波は全国に及んだ。ニューデリーや商都ムンバイ、IT産業の中心地・南部バンガロールなどのパブは「事件後、客が減った」と問い合わせに回答した。

バレンタインデーは各地の警察が異例の警戒態勢を敷いた。それでも西部プネや南部ハイデラバードなどで、ヒンドゥー過激派が公園でカップルにヒンドゥー教流の「結婚式」を強制。拒否され、暴行を加える事件が相次いだ。

●広がる経済格差、背景

ラム・セナなどが掲げるヒンドゥー至上主義は、イスラム教やキリスト教などに根ざす文化や生活様式に比べ、ヒンドゥー教の方が優れていると考える。理想はイスラム王朝や英国に支配される以前の「古代インド(ヒンドゥー)の伝統」への回帰だという。

ヒンドゥー教徒の若い女性がバスで異教徒男性と話しただけで、男女を引きずり下ろして糾弾。イスラム過激派のテロ続発への報復として昨年9月、西部マレガオンで爆破テロを起こしたとされるのもヒンドゥー至上主義者らだ。

欧米文化も目の敵にする。特に男女の愛情表現や開放的な性表現に敏感で、「欧米文化がヒンドゥーの伝統にはないわいせつな内容を浸透させている」と主張する。

だが多神教のヒンドゥー教は古代からのバラモン教の聖典や宗教儀礼のほか、土着の慣習や伝統まで幅広く含む。地域やカースト(身分階層)による違いもあり、「ヒンドゥーの伝統」を一言で表すのは難しい。性表現にしても古代インドでは「カーマストラ」という奔放な男女の性愛論書が編まれ、ヒンドゥー寺院に男女の合体像も残る。

このため、ラム・セナなどの思想や活動には「インドの伝統を理解していない。個人の意見を持つのは自由だが、暴力は許されない」(女性運動家のランジャナ・クマリ氏)との批判は強い。

地元メディアは、過激な行動で市民を抑えつける至上主義者らを「ヒンドゥー集団のタリバーン化」と命名。イスラム教の偏った解釈で、女性の教育や欧米文化の禁止を強要するアフガニスタンの原理主義勢力になぞらえた。

至上主義集団が活発化する背景には格差の拡大がある。インドでは90年代に経済が自由化され、欧米風の都会生活を楽しむ中・上流層が増える一方、発展に取り残された庶民も多い。特に仕事のない貧しい若者らが過激な行動に走りがちだ。若者らに共感する庶民層が増えているという。

朝日新聞は、この記事に合わせて、次のような事件をリストアップしていました。

■ヒンドゥー至上主義集団による事件の例

04年6月 レズビアンのカップルが主人公のインド映画に反対し、ムンバイなど2都市で映画館を襲撃、

07年4月 イスラム教徒の青年とヒンドゥー教徒の少女の恋愛話を報道したテレビ局のムンバイ事務所を襲撃

同月 米国の俳優リチャード・ギアさんがインド人女優にイベントでキスをしたことに反発しバラナシなど3都市で2人の人形を焼いて抗議

5月 バドダラの芸術学部学生の描いたヒンドゥー教の女神の絵が「わいせつ」だとして展覧会場を襲撃

08年12月 マイソールで修学旅行のバスを「ヒンドゥー教の女子学生がイスラム教やキリスト教の男子学生と旅行するのは許されない」と襲撃。

インドはいぜんとしてこうした宗教上の対立やトラブルが解消されてはいないとはいえ、BRICsの一翼を担う、21世紀において大いに期待される国であり、あと数十年で世界最大の人口の国になると予想されています。しかも、民主主義と世俗主義のアジアの国となるのです。日中関係が時に深刻な問題に直面しがちな今、インドは日本にとって、何一つ大きな政治課題のない、頼りになるパートナーとなりうる国です。

そのインドが核保有国であり、西アジア、南西アジアの地域軍事大国であるというのもまた現実です。国連改革でも日本とインドは連携を強めてあたらねばなりません。

私たちの世代は、戦後、いち早く、ネール首相が象の「インディラさん」(愛娘の名と同じ)を贈ってくれたことで、特別のシンパシィを感じる国ではありますが、時には、さまざまな問題を抱えるインドについてもう少し戦略的、かつ現実的に考えるべきであると痛感します。

国旗に託された理想が必ずやそう遠くないうちに現実となると信じます。また、依然として残るカースト制度の残滓も克服されるべき課題です。その時こそ、インドの真価が発揮され、世界の指導的国家となるに違いありません。

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