フランスとイタリアで3つの三色旗


三等分の「三色旗」

30:33:37の「三色旗」

フランス国旗「三色旗(tricoloreトリコロール)」は近世史上、世界で最も人気のある旗かも知れません。私の記憶では外国の料理を専門とする日本のレストランが最初に国旗を掲げるようになったのは、フランス料理店(restaurant)からではなかったでしょうか。

その後は、懲り過ぎたり、濃厚なソースを必ずしも好まない日本人の嗜好にあったのでしょうか、それともさまざまなパスタが面食い、もとい、麺食いの日本人の嗜好にぴったりだったのでしょうか、今では後発のイタリア料理店(ristauranteやtratteria)が数の上では圧倒するようになり、どこへいっても緑白青の縦三色旗(tricolore トリコローレ)が見られます。

一般的に三色旗は近代国民国家、とりわけ共和制の旗であるかのように思われがちです。フランス革命で一挙に知られるようになったからでしょうか。しかし、ベネルックス3国(オランダ、ベルギー、ルクセンブルク)の国旗がそうであるように、そして、帝政ロシアが今のロシア国旗と同じだったように、必ずしも共和制の国の国旗とは限りません。

また、中南米やアフリカなど旧植民地だった地域に独立した国々でも、三色旗は多数を占めています。

三色旗は、近代欧州の市民革命や自由と独立の旗じるしであり、国民国家と統一の象徴と言った方がよいと思います。古くは英国、オランダ、ロシア、米国がこの三色の旗であり、これにフランスを加えると近代史を飾る主要な国々の大半がこの三色の旗だったといえましょう。

1789年7月17日(バスチーユ牢獄襲撃の三日後)、国民軍総司令官のラファイエット将軍が将兵の帽章に採用したのがフランス三色旗の始まりです。赤と青は今のパリ市のマークにもある「パリの色」、白がブルボン王家の色であることから、この三色は王室と市民の融和を図ろうとして選ばれまたものです。しかし、その思いも空しく、93年1月、ルイ16世はあえなく断頭台の露と消えたのでした。

これまた有名な「ラ・マルセーエーズ」が誕生したのはその直前のことです。欧州列強の反革命軍の進攻を防ぎ、東部国境のライン防衛義勇兵の士気を鼓舞するために作られ、95年に正式にフランス共和国の国歌になりました。

歌詞は「残忍な敵兵たちが息子たちののどをかき切るぞ」「武器をとれ、進め、われらの後に敵の不純な血があふれる」といった激しい内容です。これでは「あまりに血なまぐさく、東西欧州が平和共存に向かう時代にそぐわない」ということで、1990年代の初め、著名な作曲家マルセル・アブ氏が「子供たちよ、国土を守るため強靱であれ、団結せよ。…立て、平和のために、フランスへの愛のために」と、より平和的でかつ愛国的な歌詞に換え、テンポをやや遅くした「新マルセーエーズ」を構想し、議会でも論議されました。しかし、結局、従来どおりで変更の決定には至りませんでした。「ラ・マルセーエーズ」がフランス国民の間に浸透し、あまりに親しまれているからでしょう。

ただ、たとえ将来、国歌には改訂があろうとも「三色旗」は不動かと思います。

もっとも、革命後もフランスでは国家と国旗の「揺れ」が続きました。皇帝ナポレオンに代わったルイ18世とその周辺の人々は簡単にいえば「何もかも昔に戻そう」という復古主義の政治を行ない、「三色旗」はついえ去り、フランス王国の旗は、再び、王政のシンボルである白旗となったのです。

1830年の「七月革命」で「国民の王」と唱えて玉座についたオルレアン公ルイ・フィリップは、民主勢力との融和を図って「三色旗」を復活させました。ドラクロワが代表作『民衆を率いる自由の女神』を画いたのはこの時(1831)のことです。「三色旗」は、爾来、一貫してフランスの国旗の座にはあります。ただ、幾度か危機がありました。特に1848年の「二月革命」の時には、「三色旗」を掲げる共和派と「赤旗を!」と叫ぶ社会主義を支持する過激派との厳しい対立が起きました。この第二共和制を最終的に確立したラ・マルチーヌは「赤旗はシャン・ド・マルス広場を一周しただけだが、三色旗は栄光と祖国の自由の象徴として世界を一周した」との歴史に残る名セリフをはいて、過激派の要求を斥けたのでした。

続く「叔父・大ナポレオンの栄光」を背負うルイ・ナポレオンの時代(第二帝政)にはもちろん「三色旗」でした。

パリ・コミューン(1871)のときも旗は「三色旗」。そして次の第三共和制の時代にも「ブーランジェ事件」(1880年代)とか「ドレフュス事件」(1897~99)といった、共和派、王党派、右翼などが絡む国家の屋台骨を揺るがすような事件が相次いだのですが、フランス社会はそれを乗り越え、「三色旗」はそのまま受け継がれて、今日に至っています。すなわち、大革命期に始まった「三色旗」は、ルイ18世、シャルル10世兄弟による「第二王制時代(1815~30年)」を除き、今日までフランスの国旗だったことになります。


イタリアの国旗

「自由、平等、博愛(友愛)」を表す「三色旗」はナポレオンの軍馬とともに、欧州を駆けめぐりました。イタリア三色旗(tricolore トリコローレ)はまさにそのナポレオンによってもたらされたものです。

三色は、緑は国土を、白は雪・正義・平和を、赤は愛国者の血・熱血を表すとも説明されますが、基本的にはフランス三色旗の強い影響で出来たものですから、「自由、平等、博愛(友愛)」を表すといってさしつかえありません。イタリアの国旗についてはあらためて詳しく説明します。

さて、まもなく昼食の時間、今朝はクワワッサンだったから、昼はスパゲッティにでもしながら、フランス、イタリア両国旗に思いをめぐらせることにしましょうか。

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