国旗についての物語

東京オリンピック国旗秘話①

2012年5月7日

東京オリンピック開会式(1964年10月10日、国立競技場)
「公式報告書」より。

私は、1964年に開催された東京オリンピックの組織委員会事務局にその2年前から勤務した。

一番お世話になったのは森西栄一という当時20代後半の人である。

徳島で苦労して育ち、法政大学の夜学に入学、在学中からタクシー運転手として帝産タクシーに勤務した。オリンピック組織委員会事務局の設立からの7人に入った。きっかけは運転するタクシーに著名な建築家の丹下健三氏グラフィックデザイナーの最高峰である亀倉雄策が偶然乗り合わせたことの縁だ。

丹下は国立室内競技場の設計者であり、亀倉は東京五輪の4枚一組のポスターをデザインした人だ。

後部座席でギリシャから東京までの聖火リレーの陸路調査の話をしていたので、森西はその場ですぐ志願、一時、丹下の書生兼運転手をしながら、組織委員会の事務局に唯一の式典担当者として就職した。

仕事場所は現在の迎賓館(旧・赤坂離宮)の一室・羽衣の間。当時、早稲田大学の学部生だった吹浦は国旗の専門家として森西に引き立てられた。

1958年に東京で開催されたアジア大会で中華民国(台湾)の青天白日旗を国立競技場のメインポールに逆掲揚するという大失態を演じたJOC(日本オリンピック委員会)関係者は、神経質なほど東京五輪での国旗の失敗を繰り返してはならないと、早くから緊張していた。

森西は式典関係の仕事の手順を考えた。何を早くし、何がゆっくりでもいいか。その結果、聖火リレーのコースを決めることと国旗をどのようにして製作できるか調べることが最優先であると気づいた。

そしてます、国旗について研究・調査したが、文献のほとんどは外国語、基礎知識のない者には手におえない専門性のきわめて高いものであることについて理解できるようになった。

この森西という人は、適材適所、専門家を尊重すると言う価値観を大切にする人だった。丹下、亀倉には最大限の敬意を払い、必要な情報を提供し、頻繁に行き来した。そして、そうした専門家の助言をベースとする主張は、事務局内の会議ではもちろん、専門家を交えての委員会などでも断固として譲らなかった。またそのために十分研究し、情報を集め、説得力ある弁舌で、しつこく説いてまわりもした。

都庁や銀行など大手企業、スポーツ団体などから派遣されてきていた組織委の職員の中には、連日、深夜まで働き、休日も返上して出かけてくる森西に、あるいは辟易し、あるいは呆れて、必ずしも好意を持たない者もいなかったわけではない。

国旗についてはなかなか手がつかず、森西は、外務省、文部省、ユネスコ協会連盟、日本赤十字社など、当時、世界の国旗に関わっていた機関や組織を訪問して周った。そうしたところで推薦されたのが、いずれも吹浦忠正という田舎からぽっと出の若者、すなわち本稿の著者だったのである。

吹浦は事務局に呼ばれ、森西の面接を受けた。赤坂離宮の高価なドアを恐る恐る入った私は小柄だが、いかにも精悍な雰囲気を持つ、森西に座るように言われた。

「国旗の上下を間違えないようにするにはどうしたらいいと思いますか?」

「いくつかアイデアがあります。まずは、上下のフック(竿のロープと旗布の留め金)を工夫し、出来上がった国旗を徹底的に検査することが重要かと思います。自衛隊やボーイスカウトかと思いますが、掲揚する人への訓練をきちんとすることが大切です」

「南北朝鮮やインドとパキスタンなど、世界には対立する国があります。また、興味本位や記念品としてといった感覚で盗難にあう場合もなしとしません。どうやって防ぐことができますか?」

「いくつかの試案を持っています。知恵の輪をフックにし、研修を受けた人だけがはずせると言うというのもありえるでしょうが、金具の色を変える、逆には嵌らない形にするといったことも考えられるでしょう。まずは国旗を通じて国民教育をすることです。最終的には、警備や巡視の強化しかないと思います」

「旗の製作の基本的な種類を教えてください」

「原反縫い付け・切り抜き、アップリケ、染色…」

「日の丸は世界で一番簡単な国旗ですか?」

「とんでもない。インドネシアとモナコは同じ上半分が赤、下半分が白です。日の丸の場合は、大きな旗は原反を切って縫い付けるだけです」

「旗は染めて作るんじゃないですか」

「確かに染めもあります。紋章等はそうですね。また、重ね合わせた木綿の布地に鉄製のわっぱを嵌め、下の圧力を下げ、上から染料を注ぎこむという方法もありますが、これは家庭用の日の丸を作る場合です。大きな旗はそれではできません」

「日の丸の円は幾何学的にどんな大きさなんですか」

「オリンピックで使用する日本の国旗の法的基盤は必ずしも確立されていません。明治の初めに商船に掲げる日の丸と、軍艦に掲げる日の丸については2つの太政官布告でデザインまで決められていますが、一般的な使用に関する法令はないからです」

「すると、東京五輪では、日の丸の大きさについては拘束される法律がないといっていいのですね」

「はい、私はそう思いますが、大事な問題ですから、法務省や法律の専門家の意見も聞きましょう」

「ところで、各国旗のサイズ別単価計算はできますか」

「まだきちんとはできません。しかし、オリンピックまで3年近くあります。研究させてください」

そんな面接というか対話を経て、吹浦は採用された。(文中敬称略)

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タディ / 吹浦忠正

特定非営利活動法人 ユーラシア21研究所 理事長
社会福祉法人 さぽーと21 理事長
特定非営利活動法人 東京コミュニティーカレッジ 理事長

吹浦忠正(ユーラシア21研究所理事長)の新・徒然草

幼少時から国旗に親しみ、学生時代にオリンピック東京大会組織委員会国旗担当専門職員となり早大大学院修了。国際赤十字バングラデシュ・ベトナム各駐在代表、末次一郎事務所長、難民を助ける会副会長、長野冬季五輪組織委式典担当顧問、埼玉県立大教授などを経て、現在は上記団体の代表者のほか、評論家、拓殖大学客員教授、NGO難民を助ける会特別顧問、協力隊を育てる会参与、Japan Echo(国連公用語での発信事業)理事など多方面で活躍している。

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