スイス国旗の色を逆にしたのが「赤十字」

「赤十字創立150周年と掲示してあり、東京青山の表参道から明治神宮まで、国旗「日の丸」と赤十字旗がずらりと掲揚されています」と若き友人・片山佳代子さんが写真を送ってくださいました。


2012年4月28日、東京・表参道で(片山佳代子さん撮影)

私は一瞬「?」と考え込んでしまいました。150年前、すなわち1862年は赤十字の創立者アンリ・デュナンが、『Un Souvenir de Solferino』を書いて、戦時にあって中立的立場で人道的救援活動をする組織の創立と、傷者が人道的に取り扱われるための国際的な取り決めの締結を訴えた年です。前者は翌年、赤十字のもととなった「五人委員会」の設立となり、後者は、ジュネーブ条約となって、戦時の救援と戦争の非人道化に大きな役割を果たしているのです。

デュナンはイタリア統一戦争最大の激戦ソルフェリーノの戦い(1859年6月24日)の直後(26日)に、たまたま隣接するカスティリオーネに到着、不眠不休で敵味方の区別なく救護にあたったのでした。

この本、戦いから3年近くも経ての出版でしたが、1年もしないうちに各国語に翻訳・出版されました。日本語訳は1894(明治27)年7月、ちょうど日清戦争が開戦した時に、桃源仙史こと寺家村(じけむら)和介の訳により「朔爾弗里諾之紀念」(ソルフェリーノの記念)の題で東京兵事新報社から発行されました。

第2次世界大戦後、1949(昭和24)年日赤外事部に勤める木内利三郎が訳して、白水社から『ソルフェリーノの思い出』として刊行され、59(昭和34)年その改訂版が『赤十字の誕生一ソルフェリーノの思い出』という題で同じく白水社から出版されました。

しかしはっきり言ってこの本はイタリア統一の歴史や時代背景にかなりの知識を持っていないと、短い本なのに理解が難しかったり、9割近い戦争描写に飽きてしまわないとも限らない内容です。デユナンと同年生まれの同年没というレフ・トルストイはこのほんの直後に『戦争と平和』を上梓しましたが、さすがに文豪、約800人に及ぶ登場人物を見事に描き分けています。

そこで、もう少しデュナンや赤十字について知ってもらおうと、今から25年ほど前、寺家村和介の曾孫にあたる博(現・拓殖大学教授)が全面的に翻訳しなおし、私が解説を書き、187人もいる登場人物の写真や地図、戦闘の様子を描いた絵などをふんだんに入れ、曾祖父と同じ『ソルフェリーノの記念』の題で、メヂカルフレンド社から出版しました。これは自分で言うのもなんですが、デュナンのこの書を理解するうえで、断然、役立つ内容です。Amazonで入手できそうですから、ご関心の向きはぜひ、お求めください。

ところで、赤十字の標章(マーク)です。創立者アンリ・デュナン(1830~1910)の祖国であり、その創設に尽力したスイス政府に敬意を表し、スイスの国旗の色を逆にしたものです。詳しくは、次回。

なお、赤十字の創設とデュナンについてはこれまた拙著で恐縮ですが、『赤十字とアンリ・デュナン』(中公新書)をご参照ください。

ところで、いまどうして明治神宮に繋がる表参道赤十字の旗が並ぶのかということですが、①日本赤十字社の創立記念日が5月1日、②デュナンの誕生日である5月8日が「世界赤十字デイ」、③このため5月は赤十字強調月間、そして④明治神宮に合祀されている昭憲皇太后(明治天皇の后)は日本のみならず国際赤十字への大きな貢献をした人(昭憲皇太后基金は今でも開発途上国の赤十字活動の支援に大いに役立っている)…といった理由からではないでしょうか。

またCMで恐縮ですが、昭憲皇太后の日赤と国際赤十字に対する貢献については25年ほど前に、明治神宮から講演を依頼され、それをまとめた記録もあります。

それにしても表参道の赤十字旗、『ソルフェリーノの記念(思い出)』出版150周年というのなら解りますが、「赤十字創立150年」というのは、数字が合わないのではないでしょうか。

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