国旗で見るミズーリ号での日本降伏式④ – 余談・秘話・悲話


1999年、国旗国歌法に基づく日本の国旗
「日の丸」(日章旗)

ハワイの州昇格により1960年から現在に至る米国旗「星条旗」

KAMIKAZE ATTACK(特攻機)がここに衝突したことを示す米戦艦「ミズーリ号」の記念プレート。

東京湾での降伏式の4か月半前、1945年4月11日午後、米戦艦ミズーリ号に対して特攻機1機が右舷甲板に突入するという「ことがありました。既に魚雷を発射した後であったのか、突入機の燃料に引火しただけで、大きな成果は上げ得ず、消火作業により速やかに鎮火しました。

突入した日本人飛行士の遺体の一部が機銃座付近から回収され、ウィリアム・キャラハン艦長は実兄がソロモン沖開戦でなくなっていたようですが、一部の将兵の反対意見を押し切って、この飛行士を、軍人の名誉を以て自らの任務を全うしたとして、海軍伝統の水葬で弔ることにしたのです。しかし、その場合は亡くなった軍人の所属する旗が必要だということで、3名の米水兵が帝国海軍の軍艦旗を徹夜で作ったと言われています。

この特攻隊員の名前は、米軍が戦後、戦史を記録するに当たり日石野節夫一等兵19歳であると判明しました。

ミズーリ号は現在、ハワイの真珠湾で一般公開されています。観光客など年間約40万人が訪れていると言われていますが、日本からの観光客は意外に少ないです。日石野一等兵の死亡直後の写真も展示されていますが、惨い姿ですので、合掌の上、このHPには遠慮させていただきます。

日本から見に行く人が少ないのは無理もないことです。日本からの観光客がハワイに行くのは、グルメ、ショッピング、ワイキキ・ビーチなどでのレクリエーションのためという人が大部分で、戦史研究などという人は急激に減ってきているからでしょう。また、それ以前に、第2次世界大戦への知識も関心も極端に低くなってきています。

今の若者たちの当時の戦争についての理解度は、こんなものです。

数年前、私はある女子大で、日本とアメリカは戦争をしたことがあるかと96名の受講生に訊いたところ、21名が「ない」と答え、12名が「分からない」と無記名の白紙に書いてきました。また、では「した」という学生に、「その戦争でどっちが勝ったか」と重ねて訊くと19名が「日本が勝った」。さらに、「真珠湾ってどこにある?」「う~ん、三重県です」。

あまりに「貴重なデータ」ですので、私は門外不出でその答案用紙を保管しています。

しかし、この女子大の学生だけを責めてはいけません。先年、「小泉チルドレン」と呼ばれた自民党の国会議員9名と米軍の案内で硫黄島を視察しました。その中の一人がケリー第7艦隊司令官に英語で「ボク、ここに来て初めて知りました。日本と貴国とは戦争をしていたんですね」。私は自分の英語を聴く力が急落したのかと思うほかありませんでした。

「じゃあね、広島や長崎に原爆を落としたのは?」

「それはアメリカです。だって、日本が中国で悪いことをしたので、中国がアメリカに頼んで懲罰を与えてもらったんでしょう。アメリカもまたせっかく開発した2つの種類の原爆を試してみるのに絶好のチャンスだと思ったから応諾したんですよ」。

「あなたはお若いが学校で歴史の勉強をしなかったの?」

「しましたよ。1901年(明治34年)に官営八幡製鉄所が操業を開始したんでしたっけ、そこんところまで。高校の日本史は厩戸皇子(うまやどのおうじ、聖徳太子)のところで1学期が終わりました」。

「厩戸王子? ああ、聖徳太子ね」

「そうです。昔は1万円札だったんですよね。ですからその人のことは冠位12階などいろいろ勉強しましたよ。和を以て貴しとする、なぁんてね」。

女子大生のほうは、そのあと「先生、pearl harborとおっしゃっていただければわかりましたのに」とその巻き舌の発音がまた素晴らしかったこと。嗚呼!

学生たちを非難するのは簡単ですが、考えていれば今の学生はみな平成生まれなのです。

ということは終戦から45年以上経てから生まれたのですから、逆算すれば、私に日清戦争について訊くようなものかもしれません。

しかし、日本全体が、個々の日本人全てが文字通り命がけで戦さをしたことを無視、無関心、無知のまま、いくら平和を祈念しても、それは無謀であり、無理であり、無責任ではないでしょうか。

今の日本にとって、そして戦後一貫して日本にとってアメリカは同盟国であり、最も重要な国でした。その国との相互理解とあらゆる分野での協力の促進を、私たちは、そしてアメリカ人も含めて、一人ひとりが築いてゆくべきだと思います。

「国際」という言葉はinternationalですが、わが師・橋本祐子(さちこ)先生は「internationalって結局、interpersonalの積み重ねよ。そんな単語はないけど、その気持ちを解ってね」と教えてくれました。微力ではありますが、拳拳服膺してその一人でありたいと心がけています。

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