対人地雷禁止運動と国旗

クリス・ムーンと子供たち、1998年2月7日、長野冬季オリンピック開会式での写真です。

当時、私は難民を助ける会(相馬雪香会長)の副会長であり、その一方で、国旗の専門家として長野冬季五輪組織委の式典担当顧問でした。難民を助ける会は絵本『地雷ではなく花をください』(自由国民社)で、対人地雷禁止運動で日本の先頭に立ち、当初、加入に反対していた日本のオタワ条約(地雷全面禁止条約)への参加に大きな役割を果たしました。

このため、前年12月には、ICBL(地雷禁止国際キャンペーン)の15の執行団体の1つとして、ノーベル平和賞共同受賞の栄に浴し、長(おさ)有紀枝事務局長(現・理事長)がオスロでの授賞式に招かれました。

「長野五輪の開会式でクリスを聖火リレー最終ランナーに」というのも、実は、私たちから組織委への提案でした。最初は「パラリンピックではないんだ」「何で外国人なんだ」という厚い「壁」がありました。私はあやうく「そんなことなら顧問を辞めさせてもらう」と言いかねないところまで行ってました。

しかし、最後の段階で演出の総合監督である浅利慶太さんや高橋実事務総長(現・日本音楽財団会長)らの英断で、開会式の半年以上前(オタワ条約調印式の3、4カ月前)にクリスが最終ランナーに選ばれたのです。これで長野五輪の開会式はイメージを一新し、当日は、ICBLの代表でノーベル平和賞を個人として同時に受賞したジョディ・ウィリアムズさんと開会式を楽しみました。

クリスは英国のNGOの一員としてモザンビークで対人地雷の撤去を指導中に蝕雷し、右手右腕の先を失いながらも、対人地雷禁止の啓発活動を行い、義足のランナーなのです。

この開会式の2日後、市民ランナー・谷川真理さん(現・難民を助ける会理事)とともに箱根町役場から都内まで、さらに都内で72カ国の大使館を走って訪問し、地雷廃絶のメッセージを届けました。私はマイクロバスの座席から声援を送るだけでしたが、最終ゴールである半蔵門の英国大使館には小渕恵三外相(当時)や小坂憲次対人地雷禁止議員連盟会長らが迎えてくれました。

この本はクリスが半生を書いた自伝です。小川みどりさんという名翻訳者の訳したものを、私が監修者として多少手を入れさせていただきました。クリスの周りを、国旗のデザインをアレンジした服装の子供たちが囲んでいます。

その後もカンボジア、アフガニスタン、最近では南スーダンなどで難民を助ける会は対人地雷問題に取り組み、後発のNGOも頑張っています。おかげさまで『地雷ではなく花をください』(文・柳瀬房子、絵・葉 祥明、監修・吹浦忠正)は58万部となり、印税は膨大になりましたが、全部、難民を助ける会に寄付し、対人地雷の撤去などに充てられています。

ちなみに、難民を助ける会ではジョディ・ウィリアムズさんをお招きして、6月16日(土)14時30分から東京青山の国連大学ウ・タントホールでシンポジウム「相馬雪香生誕100周年記念・女性と国際協力」を開催します。同時通訳付き。詳しくは、難民を助ける会のHPをご覧ください。

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