植村直己の掲げた国旗②

1984年2月、植村直己がマッキンリーから予定通り帰還せず、連絡の絶えたことから友人や関係者が直ちに捜索隊を出しましたが、植村を発見できませんでした。5月に向かった第2次捜索隊は5月14日山頂で、植村がのこした「日の丸」と「星条旗」を発見し、撮影し、持ち帰りました。


マッキンリー山頂で捜索隊が見つけた「日の丸」と「星条旗」

植村冒険館ではマッキンリー山頂にのこした植村の日米両国旗が特別展示されていました。

植村冒険会によれば、木綿(コットンバンティング)製の「日の丸」はほとんど無傷でしたが、化繊の「星条旗」は激しい風雨にちぎられ、わずかに一部が残るのみだったとのことです。「植村直己が山頂にこの旗を立てたのは1984(昭和59)年2月12日。5月に回収するまでの約3ヵ月間、山頂の風雪に耐えていた」と持ち帰った「実物」には説明が付いています。

この一事だけで、化繊より木綿の旗布が丈夫だと断ずることはできません。染め方や縫い糸の強さ等にもよりますから。また、木綿で「日の丸」を製作する場合、しばしば注染という、国旗ではほとんど「日の丸」製造の場合しか使えないような染め方があります。多くの「日の丸」はこの方法で製作されます。20枚程度の木綿の白布の中央を鉄製のわっぱで抑え、一方の気圧を低くして、赤い染料を注ぎ込むのです。原反を切って縫い合わせる場合は、縫い糸と旗布のバランスが悪いと、強風でちぎれやすいということもあるでしょう。

木綿製の国旗の欠点は表面が雨でくっつきやすいことと、ウールやアクリルと比べ、風合いに欠けることでしょう。

オリンピックで木綿の国布の使用例はまずありません。メルボルンやシドニーは羊毛の国ですからウール製、ロサンゼルス、ソルトレークといったアメリカでの五輪はナイロン製、カナダのバンクーバーでのオリンピックもナイロン製だと思います。

東京五輪以降の日本での国家的な行事ではエクスランの旗布を使用しています。どうしてそうなったかは、別の機会に譲りましょう。

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