訪問国の国旗を取り入れた服装の皇后陛下② – ラトビアで

ラトビアで


ラトビアの国旗

両陛下は翌25日にはバルト3国の2番目の訪問国ラトビアの首都リガに到着されました。

ラトビアは「百万本のバラ」の歌の発祥地です。1981年に当時ソ連の構成国だったラトビアの放送局が主催した歌謡コンテストで、アイヤ・ククレとリーガ・クレイツベルガ のデュエットがこの曲を歌い、優勝したのが大人気を呼んだ始まりです。原曲は、『Dāvāja Māriņa(マーラは与えた)』というラトビア語の歌。作曲はライモンズ・パウルス、作詞はレオンス・ブリエディス、これがロシア語で「ミリウオン・ロース」と訳されてモスクワでも大流行でした。

私も何度もいっしょにロシアの酒場やレストランで歌ったことがあります。ソ連の歌手アーラ・プガチョワの持ち歌として知られ、日本では加藤登紀子が日本語版で大ヒットしました。本来の歌詞は、ロシア語版やその内容を翻訳した形の日本語版とはまったく異なり、大国にその運命を翻弄されてきたラトビアの苦難を暗示するものだったそうです。

閑話休題。
ラトビアでの両陛下は、公式な歓迎行事などの後、ビケフレイベルガ大統領らと「自由の記念碑」を訪ねて献花されました。その時の皇后陛下はラトビアの国旗の色である白い帽子に海老茶のリボンをつけられ、迎えた大統領夫人はその逆の配色の帽子を被られました。

この記念碑は1935年に独立を記念して市民の寄付で建てた高さ50メートルの塔ですが、民族主義を抑えるため、旧ソ連時代にはこの周辺に人々が集まることや記念碑に献花が禁じられていたのです。

両陛下は集まった1,000人を超す市民に拍手で迎えられ、大統領と共に記念碑に花束を捧げ、市民たちからも声をかけられました。

この後、大統領主催の昼食会で、天皇陛下は先の大戦で多くの人命が失われた歴史を振り返り、「ラトビアの人々が、その後の苦しい時代を通じ、勇気と誇りをもって困難に立ち向かってきた歴史を忘れてはならないと思います」とスピーチ、乾杯されました。

また、両陛下はナチス・ドイツやソ連による占領時代をテーマとした「占領博物館」を視察され、ナチス・ドイツ占領時代の写真コーナーの展示やラトビアの人々が経験したシベリア流刑の強制収容所の再現コーナーなどを見てまわられました。

この後、ラトビア大学を訪ね、アジア学科の日本学コースの学生らと懇談、天皇陛下は「日本語を勉強し、日本とラトビアとの理解と友好関係が増進されるよう祈っています」とあいさつされました。

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