信じていいのか、イエメン大統領の交代


タワックル・カルマンさん

アラビア半島南端に位置するイエメンは半島で唯一の共和制の国。しかし、民主主義には程遠く、アリ・アブドル・サーレハ大統領(1942~)が北イエメン時代から数えれば33年を超える長きにわたり、独裁者としての地位をほしいままにしてきました。

2月27日、そのサーレハ前大統領の退任とマンスール・アル・ハーディ新大統領(1945~)への引き継ぎのための式典が行われました。これを額面通り受け取るなら、「アラブの春」で政権側と反政権各勢力が合意して、トップの退陣が図られたということになるのです。そして、アラブ諸国で選挙を通じて独裁政権後の新体制を発足させたのは初めてというすばらしい歴史的イベントとなるのです。


ハーディ新大統領

しかし、昨年春来、イエメンでは1,000人を超える反政府運動関係者が権力側によって殺害されたといわれていますが、実態も真相もよく分からないまま、こんなにことがうまく運ぶものでしょうか。

昨年6月3日、大統領宮殿で反体制派の砲撃にあい、米政府発表で全身に40%もの火傷を負わされたと報じられ、アメリカで治療に専念(事実上亡命)していたというサーレハ大統領が軍や情報関係者をそのまま残して、自分がかつて任命したハーディ氏に大統領職を堂々と引き継ぐというのもなんだかおかしいような気がします。


サーレハ前大統領

21日に行われた暫定大統領選挙ではハーディ氏が99%以上の得票で選出されたと発表されています。その結果、今後2年間という期限付きですが、暫定大統領を務めることになったのです。投票総数は6,660,093、これは10,243,364名の有権者の約60%に当たる数字ですが、なんだかかつての共産圏の国々の選挙のようで私にはすんなり受け入れられません。

当然、学生を中心に、サーレハ前大統領と関係者を裁判にかけるべきだという声は高まったままで、2か月余り前、2011年12月にノーベル平和賞を受賞したタワックル・カルマンさん(33)らは広場でテント生活を続けながら、抗議活動を継続し、新しいハーディ大統領(前副大統領)に裁判を要求しています。

外国からの特派員が少ないという国柄、まさか、サーレハ大統領の「院政」が続くということではないのでしょうね。

国旗はいまのところ、サーレハ大統領時代のものがそのままになっています。これを変えることはサーレハ氏の政治的イメージを一掃することになるでしょうから、簡単にはできないでしょう。

イエメンですばらしい政権交代が行われたのか、あるいはとんでもない、国家的偽装工作が進められているのか、これからの注視する必要がありそうです。

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