国旗で見る米露関係

「9.11事件」までをBC(before crisis)、それ以降をAC(after crisis)と呼ぶという言い方があります。

すなわち、ドイツの再統一(1990年)からの10年ほどがBCであり、これは「ポスト冷戦期」にあたります。そして、ACは「ポスト・ポスト冷戦期」として、世界秩序が大きく変わったとする現代国際政治の見方なのです。

その大きな要因は、ロシアが基本的に米国と対抗する姿勢から協調する方向に大きく舵を切り替えたことと、国際テロという従来にない情勢が現出したことでしょう。

大きな出来事が二つありました。「9.11事件」後のアフガニスタンへの攻撃に絡んで、プーチン大統領が米軍の中央アジア駐留にゴーサインを出したことと、ロシアのNATO(北大西洋条約機構)への順加盟です。2002年5月28日、「NATO・ロシア理事会」が設置され、ロシアはテロへの対応、大量破壊兵器の拡散、軍事協力など9分野において加盟19カ国と対等の発言権を有する準加盟国となりました。

残る主要な点は集団的自衛権の発動は行わないことくらいです。いうまでもなくNATOは西側による対ソ共同防衛の根幹をなすことを目的として創設された国際軍事組織。ロシアの準加盟で米国を中心とする「旧西側諸国」とロシアとの包括的な協力関係が特段に進捗しました。

それでもロシアという国は、ときどき強気の発言をします。昨今のイラク戦争やアメリカとイランをめぐる対立でも、要人が、冷戦時代の真似事のような発言をすることがあります。まるでそれだけが、ロシアのアイデンティティであるかのように。1968年以来、あの国を100回以上訪問し、40余会国際会議を開催して来た者として、その脆さも、危うさもあの国の幹部はみんなよく知っていてのことだということを知っているつもりです。

米露関係の進展について、極端な人は、米ソが連携していた第2次世界大戦時に戻ったとまで言われます。ロシアが米国の真の戦略的パートナーと言われるまでにになるか、注意深く見守りたいと思いいます。現に、欧米とロシアはイランの核問題、ミサイル防衛(MD)、そしてシリア情勢への対応などで対立しているのですから、「プーチン時代」にそこまで米国と近接な関係にになれるかは大いに疑問とするところですが、長期的な流れとしては、両国関係は政治や軍縮問題を始めさまざまな面で変化し、発展し続けることは間違いなさそうです。

8年前、2003年4月には、カザフスタンのバイコヌールから米露両国の宇宙飛行士が、スペースシャトルが事故で使えない間に共同して飛び立ちました。

厳しい米ソ対立が続いた冷戦時代にあっては、両国の国旗のデザインは全く異なり、価値観の相違と勢力の争奪を象徴しているかのようでした。しかし、ロシアの国旗が白青赤の横三色旗(帝政時代のロシア国旗)に戻り、米国の「星条旗」も青白赤、何となく両国が歩み寄りを進めているようなイメージになったと見るのは「甘い私」だけでしょうか。

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