サモアの標準時変更と国旗の物語

正式名称が「サモア独立国」であるサモアは、南太平洋島に浮かぶ島国で、人口は18万人足らず(世界で187位)。国連加盟国であり、英連邦の一員である。
南太平洋の東経170~180度線周辺にあるサモア諸島のうち、西経171度線の西側がサモアで東側が、米領東サモア。
いずれも同じポリネシア系の人々が住んでいるから言語も文化もほとんど同じです。
サモアの首都はウポル島のアピア。
ほかにサバイイ島と7つの小島でできています。

1860年ころから、アピアは捕鯨船の補給港として栄え、各国が勢力を競っていました。
そしてサモアは西サモアの名前で帝政時代の1899年にドイツ領となり、東サモアがアメリカ領になったのです。
第一次世界大戦で敗れたドイツは海外領土を失いましたが、西サモアはニュージーランドが国際連盟の委任統治領として、第2次世界大戦後は1962年の独立まで、国際連合(国連)の信託統治領として管轄していました。
そのサモアが旧臘(2011年12月)31日に、時差を変更し、自国の標準時を日付変更線の東側から西側に移しました。
別の言い方をするなら、地図ではサモアノ西側を通っていた日付変更線が図のように東側に変えられたのです。
これによって、夏時間にのみ世界で最も早く1日が開始される国のひとつとなったのです。
それまでのサモアは、「世界で一番遅く日付が変わる国」「その日を最後に終える国」であることを観光の売り物にしていました。
これによって12月30日を亡くし、29日の翌日を31日にしたのです。

この変更は、同じ英連邦の構成国であり、安全保障や外交、経済的にも、大きな結びつきのあるニュージーランドやオーストラリアなどとの時差を少なくするためです。
もとはといえば、1892年に 日付変更線の西側からアメリカ合衆国と同じ東側に移行してUTC-11となっていましたので、この変更は119年ぶりということになりました。
これで自国の標準時はUTC+13となったのですが、9月の最終日曜日に始まる夏時間ではUTC+14となるため、世界で最も早く日付が変わる国のひとつとなった、とこういう次第です。

実は、国旗からサモアを見れば、この標準時の変更は当然のように納得できるのです。
ご覧のように、サモアの国旗には南十字星が描かれています。当初はニュージーランドの国旗童謡、星は4つでしたが、1949年に1つ増やされ、それが現在まで続いています。赤は忠誠と勇気、白は純潔、青は愛国心と自由を表わします。

南十字星はほかにもパプアニューギニアの国旗にも見られ、サモアが南太平洋に位置するともにニュージーランドと深い関係にあることも示しており、ニュージーランドの国旗と同様に南十字星を構成する一つ一つの星の大きさや位置が、国旗法によって明確に定められています。

昨年末に時差を変更して、日付変更線の西側にしたというのは、周辺の同じ南十字星を国旗に描いた国々の仲間入りをしたということなのです。

標準時を変更したサモアですが、1997年、当時、西サモアといっていたこの国は国名を現在のサモア独立国に変更しました。
「ニホン」か「ニッポン」かも決められない国の一人としては、これには「大胆ですよね」というほかありません。
でも、標準時の変更以前にも例えば、2009年9月7日、自動車の通行を日本やイギリスをはじめとする多くの英連邦国と同じ同様の左側通行へ変更しましたが、こうしたことって実は大変なことではないかと思います。

少々余談になりますが、実は、わが国でも自動車の通行区分の変更を経験しました。
沖縄で730(ナナサンマル)とは、1978年7月30日に、県内全域で自動車の通行が右側から左側通行に変更されたことを指します。「沖縄県の日本復帰を象徴的に示す一大プロジェクトであった」と言われています。
沖縄戦終了の翌日、1945年6月24日に、アメリカ軍は本国と同じ右側通行に変更していました。
その状態は1972年の本土復帰後も6年間続きましたが、本土と沖縄県が交通の基本を異にしている状況は、1949年道路交通条約(ジュネーヴ交通条約)による「一国一交通制度」を遵守していないことにもなります。
1975年に交通区分の変更が閣議決定され、沖縄県警にその実施のための対策室が設置され準備作業に2年間を費やし、一夜にして信号も標識も変更したのです。

閑話休題。
旧臘、サモアが標準時を変更したことにより、南太平洋で日本が承認している島国の首都としては、クック諸島、サモア、トンガ、ツバル、フィジー、キリバス、バヌアツ、ナウル、ソロモン諸島が南太平洋にあります。
各国の首都は、アヴァルナ、アピア、ヌクアロファ、フナフティ、スヴァ、タラワ、ポートヴィラ、ナウル、そしてホニアラです。厳密に言えばタラワは赤道の少し北にありますが、キリバスの大半は南半球に点在しています。
さて、もし2012年の元旦が晴れていたとしたら、各首都、どの順番で実際に日の出が見られた(東からどんな順番になる)のでしょうか。

答えは、「この順番に東から並んでいるので、この順番で日の出が見られた」でしょうね。

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