オーランド諸島の帰属問題を解決した新渡戸稲造


オーランド諸島の旗

見慣れぬ旗かもしれません。しかし、赤い十字がなければ…、そうスエーデンの国旗です。これがオーランド諸島の旗なのです。

つまり、スエーデンの国旗にフィンランドの国章から赤を採って十字に重ねたものです。


フィンランドの国章

フィンランドの政府旗

オーランド諸島の面積は合わせて13,517㎢、千葉県と愛知県を合わせたくらい、つまり北方4島の2倍より少し大きい面積です。

オーランド諸島はもともとスエーデン領フィンランドの一地方としてスエーデン王国に帰属していました。しかし、1809年にスエーデンがロシアとの戦争に敗れました。このため、フィンランド地方がロシアに割譲されたため、オーランド諸島もロシア領フィンランド大公国の一部となりました。

1853年11月に始まったロシアとオスマントルコの戦争(クリミア戦争)英仏両国がトルコ側について参戦しました。このとき英仏側はスエーデンがロシアの北辺に脅威をあたえるため、スエーデンの参戦を期待し、艦隊を派遣してこの方面のロシア軍を攻撃したのでした。

これに対してロシアはスエーデン人化学者アルフレッド・ノーベル(1833~96)を雇用し、発明されたばかりの機雷を使ってバルト海を封鎖しました。かくしてスエーデンは中立政策を採ってきたのですが、英仏政府は執拗に賛成を催促、スエーデンは、英仏側の勝利が見えた戦争末期に、ようやく重い腰をあげたのです。

1856年のパリ講和条約でクリミア戦争は終結となったのですが、この条約でオーランド諸島はスエーデントロシア間にあって中立の非武装地帯となりました。しかし、1914年、第一次世界大戦の勃発に際し、ロシアはこの条約に違反したままオーランドの要塞化を図ったのです。

この大戦の末期になると情勢はさらに混沌としました。

フィンランド本土ではロシア革命の動きを千載一遇のチャンスとして、独立運動が盛り上がり、オーランド諸島では逆にフィンランドから離れて再びスウエーデンに帰属を求める運動が起こり、スエェーデン国王に再統合を求める嘆願書を提出したのです。

問題の解決に大きく貢献したのが、国際連盟の新渡戸稲造事務次長。オーランド諸島のフィンランドへの帰属を認め、そのかわりオーランドのさらなる自治権を確約するという「新渡戸裁定」が示され、オーランドの自治が確立したのでした。

しかし、これでもなお解決には至りません。現在、フィンランド政府はスエーデンへの復帰を認められていますが、住民の過半数が、スエーデンの一つの県になるより、フィンランドで大幅な住民自治権を得たほうがいいという調査結果が出たのです。

いまのところ、形の上ではフィンランドの一部であり、実態はほとんど独立国で、島民はスエーデン語で生活しているという現状が是認されていると言っていいでしょう。政治史的には大変複雑な地域ですが、国旗は北欧諸国に共通な十字型旗。

隣国との間に領土問題を抱える日本としては、この「新渡戸裁定」が問題解決の1つとして、参考にしていいのではないかという友人もいます。

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