「赤いバラ」で第一次世界大戦の戦争犠牲者を悼む

11月11日は、1918年に第一次世界大戦が終戦となった日。この日にちなんで毎年、ヨーロッパ諸国では毎年、赤いバラをシンボルとして、様々なところに提示したり、バッジのように胸に付ける。国旗とは別の話だが、余談として書いておきたい。


BBCのアナウンサーも胸に。

未曽有の大戦争となり、毒ガス、戦車、空中からの爆撃、長期の塹壕戦など新たな戦闘の形態となって、膨大な数の犠牲者が出た。しかも、勝者が敗者よりも多くの人的被害は大きかった。即ち、英仏など協商側は死者553万人(ドイツ・オーストリアなど枢軸側439万人)、戦傷者1283万人(同839万人)、行方不明者412人(同363万人)であった。

今年、その追悼行事が特に盛り上がったのは同大戦の開戦から100周年にあたったから。

「オーストリアはセルビアならすぐやっつけられる。セルビアはロシアが助けてくれると思った。ロシアが参戦しようとしてもドイツが後ろにいれば簡単にできない。ロシアは同盟国フランスが参戦するから東西からの挟み撃ちでドイツと対抗できる。ドイツはイギリスは中立を保つから勝てると思い、フランスは、イギリスは露仏側につくと踏んだから戦争に突き進んだ。早稲田の大学院(松本馨教授)ゼミで、こういう議論を何度もした。「自分に都合のいい解釈による誤算」からこれほど多い犠牲者が生じる戦争になってしまったことをかみしめたい。

「赤いバラ」の詳しい由来は私にはよく解らないが、その終戦から約20年で、人類はまたもや世界大戦に突入してしまった。来年は、その終戦から70年、「冷戦という名の第3次世界大戦」はあったものの、米ソなど超大国(列強)間の実戦は、幸い避けてきた。

しかし、形を変えたより複雑な戦争や武力衝突は、今もウクライナで、イラク、シリアなどで続いている。警戒を怠らず、「平和、平和」と唱えるだけではなく、専守防衛体制をしっかりと構築し、東アジアへの戦禍の拡大を防ぎたいものだ。

メニュー