国旗のある風景 – 那覇に寄港したペリー提督ら

1852年11月にアメリカの東インド艦隊司令長官に就任したマシュー、ペリー提督は、日本に開国を迫るため、ミラード、フィルモア大統領の親書を手渡すべしという命令を受けてこの年の11月、バージニア州ノーフォークを出航した。

フリゲート艦ミシシッピ号を旗艦とした4隻の艦隊はマデイラ諸島、ケープタウン、モーリシャス、セイロン(現スリランカ)、シンガポール、マカオ、香港、上海、琉球(沖縄)を経由し、1853年7月8日(嘉永6年6月3日)、浦賀に入港した。


ペリーが掲げた国旗は、1848年7月4日以来の31星の星条旗。
カリフォルニアがゴールドラッシュのさなか、アメリカ31番目の州に昇格したことに伴ってできた「星条旗」である。

1854年2月13日(嘉永7年1月16日)に旗艦サスケハナ号など7隻の軍艦を率いて横浜の沖合いに来、早期の開国と日米条約締結を求め、3月31日(3月3日)に神奈川で日米和親条約調印に至らしめた。またその後、那覇に寄港して、7月11日、琉球王国とも琉米修好条約を締結した。

沖縄県中城(なかぐすく)村商工会のHPに「旗立山」の紹介があって、以下のことがあったことをきょう、たまたま初めて知った。

1853年琉球に寄港したペリー提督率いるアメリカ艦隊の調査隊が、中城グスクへ至るハンタ道の道中で、写真中央に見える岩の頂部に旗を立てて、その周辺で休憩をとったとされている。

ペリー提督の探検隊のハイネが残したスケッチ。探検隊の様子や当時の琉球の風俗が垣間見ることができる。兵士達が祝砲を撃っている様子が描かれている。このアメリカの国旗は31星の「星条旗」のはずだ。

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