在日ベトナム難民42人と箱根で研修旅行

9月6、7の両日、元ベトナム難民42人とともに、社会福祉法人さぽうと21主催の研修旅行で箱根に行ってきました。ちょうど一週間前、京王プラザホテルで転倒し、左肩鎖関節損傷(全治1ヵ月)のけがをした私(理事長)は三角巾を常用するという醜態でしたが、山田寛、高橋敬子両理事、柳瀬房子評議員、そして参加者全員の協力でなんとか参加できました。ほかに法務省の幹部も会費を負担して自主参加してくれました。


1975年まで存在した、ベトナム共和国の国旗。

42人の中には1978年、日本が最初に受け入れた元陸軍大尉の“ボートピープル”もいました。博士号を取得した人、医師として国立大学付属病院の医長をしている人、これに勝る人はそうはいないというくらいの名通訳…様々です。

まもなく創立36年になろうという認定NPO法人難民を助ける会(柳瀬房子会長)から、その国内での支援活動を分離して別法人化したのが社会福祉法人さぽうと21です。

いまでも、数十人にキメ細かな支援を続けていますし、こういう古い“仲間“を通じ、日本の難民受け入れ政策や共生社会への助言を聴くこともしています。さらにはミャンマーからの定住者などの子弟約90人に日本語の指導や教科の補完教育を個別に行っています。詳しくは是非、HPをご覧いただき、ご支援ください。

ところで、この人たちはいずれもベトナム共和国(1975年まで存在した南ベトナム)の出身です。高貴な色である黄色に、東京(トンキン)、安南、交趾支那(コーチシナ)の3地方を表わす3本の赤い線の国旗でした。


夕食会であいさつする山田寛理事。1973年には読売新聞サイゴン支局員だった。
私との交遊は爾来40年を超えた。

最後は、ヴ・ダン・クエ在日ベトナム人協会前会長の指揮で愛国歌「ベトナム」を斉唱。
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