国旗のある風景 – 国連加盟の果たした日に

安倍首相のバングラデシュ訪問によるハシナ首相との会談で、同国が国連安保理非常任理事国への立候補をとりやめたため、日本が11回目の同理事国就任がほぼ確定した。1978年には独立間もないバングラデシュと争って敗れるという外交的失態があったので、これで一安心というところ。もっとも、今後4、5年で約6千億円相当ンインフラ整備に協力するという、「票をカネで買った」印象は否めない。


1956年、国連本部での国旗掲揚を見守る重光葵外相(当時)

ただし、それは少々、悪く言いすぎであり、これによって日本の投資環境がより整備されるという見通しもある。現在、ミャンマーとバングラは海外投資により、急速な右肩上がりの経済発展がみられている。

ところで、わが国の国連加盟はソ連との国交が叶わないまま拒否権にあい、1956年10月の「日ソ共同宣言」で国交が回復され、同年12月18日、日本は国連加盟を果たした。

この共同宣言により、千余名のシベリア抑留者が釈放されたが、北方領土問題は解決されずに「平和条約締結」により歯舞・色丹の両島を返還するとなっている。このハンパな取り決めに、国民世論は納得できず、以後、北方4島の返還運動が続いている。

ここでさらに中間的な平和条約で国後・択捉両島の継続協議などを決めては、今でさえ満足な話し合いができない両国関係が、平和条約という日本の最後のカードを切ってから発展し、考証が進展するとは考えられない。引き続き、粘り強く4島一括返還の決定を求めるほかない。

私が主宰するユーラシア21研究所は安全保障問題研究会(袴田茂樹会長)との共催で今週後半、ウラジオストクで通算5回目の「東京ウラジオストク・フォーラム」を開催する。

今回は、袴田会長のほか、宮家邦彦、吉崎達彦、神谷不二、武貞秀士、伊奈久喜の精鋭が参加してくれる。両国間の貴重なパイプをさらに強化していきたい。

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