カラシニコフ氏の思い

昨年末、亡くなったロシアのミハイル・カタシニコフ氏が、ロシア正教のキリル総主教に懺悔ともいうべき書簡を送っていたことが、2014年1月13日に、ロシア紙イズベスチアが報じている。


ハイチの国旗

ハイチの国章

M.カラシニコフ氏。昨年末、94歳で亡くなった。

それによると、同氏は第2次世界大戦直後に自分が設計し、世界中に広まったAKシリーズの小銃(通称カラシニコフ)により、世界中で多数の人々の命が奪われたことについて、「心の痛みは耐え難い。私にはたとえ敵に渡った銃であっても、人々の死への罪は私にあるのか」「神は光と影、善と悪を不可分のものに作り給うたのか」と苦悶する日々だったという。

これに対し正教会からは「祖国防衛のために武器の開発やそれを使用ことは支持される」とし、「あなたは愛国主義の模範だ」と返事をしたと、同紙は報じている。

同氏は90歳を超えた最晩年に、同氏の名を冠した博物館建設の話が持ち上がった時も、かたくなに断ったという。

2月のソチ冬季オリンピック直後からのウクライアナでの紛争、長引くシリアでの内戦、イラクではじまった新しい武力進行…世界に1億丁もあると推定されるカラシニコフの銃は「活躍」している。

1970年代前半、私が国債赤十字の駐在代表としてベトナム戦争に関わっていた時、バンメトートの米軍指揮官が敵から奪ったカラシニコフを指して、「この銃は素晴らしい。雨にぬれても機能が全然変わらない。米軍のM16A1歩兵銃はどうにもならないのに」と嘆いていたのを思い出す。

国旗ではモザンビークにカラシニコフが出てくる。この国は、1964年から宗主国ポルトガルと独立戦争を戦い、75年に独立を達成したが、その後も77年から92年まで内戦が続いた。85年、今の安倍総理のご尊父・晋太郎外相に献策し、これが日本の外務大臣として初めて単独で公式なアフリカ諸国訪問となった。私も随員として同行したが、車列の前後は厳重に警備の兵隊で守られていた。また、事前の調査に行ったときに乗った大統領専用機は、安倍外相訪問の1カ月後には下から撃墜され、大統領以下が亡くなった。

国旗に銃が出てくるのはもう1つ、ハイチの紋章の中にである。こちらは古い銃剣だが、ヤシの木を挟んで6つの銃が、大砲や砲弾、太鼓やラッパとともに出てくる。

カラシニコフ氏の思いをどう受け継げばいいのか、ウクライナやシリア、イラクの人たちに訊いてみたい。

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