カザフスタンが国名をカザフエリに変更?

2014年2月6日、ナザルバエフ大統領は国名をカザフエリ(原意は「カザフ人の土地」)に変更することを提案した。

その意図は、周辺の同じく「スタン」を国名に持つ旧ソ連諸国(タジキスタン、ウズメキスタン、トルクメニスタン)との差別化を図り、国際的な認知度をアップさせ、さらには天然資源に経済の多くを依存している現状からの脱却を図るべく、外資の導入に期待しようということらしい。つまり、「スタン」が付く名前は古い印象を与え、海外投資が急増しているモンゴルのようになりたい」と考えてのことのようだ。

これまでの国名は、民族名のカザフとペルシア語で「~の国、~の多い所」を意味するスタンとモンゴル語で「部族」を意味する「ястан (ヤスタン)」に合成語であると言われる。また、カザクは、テュルク語で「独立不羈の者」「放浪の民」を意味するとか。

これまでも公式制度や呼称をいろいろ変えてきた国だから、案外、故久美の変更もあるかもしれないと、私はは注目している。

カザフスタンの首都はアスタナ。1997年にアルマトイから遷都された。アスタナはカザフ語で「首都」の意味。アルマトイはかつて国際的にアルマ・アタと呼ばれていた。この国最大の人口を擁している。キルギスと中国の国境に近く、雪をかぶった青い山々に囲まれた実に風光明媚なところだった。

1998年のカザフスタン政府は国際コンペで建築家・黒川紀章の都市計画案を採択し、これに基づいて開発が進められ、現在も人口、公共事業が増加・進行している。

第2次大戦中、ソ連国内のドイツ系の人々はドイツ軍に呼応して何以下をしかねるようなことがないようにと、カザフスタンに強制的に移住させられた。同様に、シベリア・極東地区の朝鮮人もカザフスタンやウズベキスタンなどに強制移住させられた。ソ連時代に科学アカデミー東洋学研究所の副所長をしていたゲオルギー・キムさんという朝鮮系最高の学者がおり、われわれ外国人は誰しもがエフゲニー・プリマコフ所長(後の外相、首相、最高会議議長、現・ロシア商工会議所会頭)の後任はこの人だと見ていたが、所長にはなれずじまいだった。同研究所のある教授がそっと「朝鮮人への差別と言われてもしょうがない」と漏らしてくれた。

閑話休題。1991年、ソ連が解体し、カザフスタンが独立を果たすと、アスタナは「聖地」を意味するアクモラと改名され、94年、アクモラを新首都とすることが決定され、97年に遷都が実施され、翌98年には「首都」を意味するアスタナと改名された。遷都の理由は、①アルマトイが中国との国境に近すぎること、②活断層があり地震多発地帯であること、③地形的に更なる発展に限界があったこと、④アスタナが位置するカザフスタン北部にはカザフ人よりもロシア人が多く、遷都することによって北部にもカザフ人の割合を増やし、将来的な分離独立問題を抑え込む意味もあったとされる。

しかし、アスタナがカザフスタンの主要軸から外れており、また、酷寒の地であることや、新首都建設に莫大な費用がかかっているなどの深刻な問題点もある。

2008年、カザフスタンの国会はこの首都名をさらに、大統領の名前である「ヌルスルタン・ナザルバエフ」を称えて「ヌルスルタン」と改名するように提議したが、ナザルバエフはこれを辞退したため、宙に浮いた感じになっている。

セイロンがスリランカになり、ビルマがミャンマーに国名を変更したように、カザフスタンも近々、カザフエリになるかも知れない。合わせて国旗の変更などにまでならないとは限らないので、今後、注意する必要があろう。

ところで、日本。NIPPONかNIHONかはよく議論になるところ。2020年のオリンピックが1つのチャンスになるかもしれないと思うのは、入場行進のプラカードにどう表示し、選手の胸にどう描くかは、検討の絶好機ではないだろうか。私は公式表示はNIPPONで統一すべきであり、だからといってNIHONを排除しないということでいいのではないかと思う。NIPPON社会党が消え、NIHON共産党があるから無理かな? 日本財団と日本生命、ラジオニッポンをNIHON放送協会がやっている国だから、簡単ではないかもしれないが、切手はNIPPONで統一しているのだから、いいタイミングかも。

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