国旗国歌法案国会審議における私の発言①

1999年7月16日、衆議院内閣委員会において国旗国歌法案の審議が行われ、私は自民党推薦の唯一の参考人を仰せつかりました。その時の発言記録を、官報から転載します。

第145回国会 内閣委員会 第12号
平成十一年七月十六日(金曜日)
午前九時十一分開議

出席委員
委員長 二田 孝治君
理事 植竹 繁雄君 理事 小此木八郎君
理事 小林 興起君 理事 萩野 浩基君
理事 北村 哲男君 理事 佐々木秀典君
理事 河合 正智君 理事 三沢  淳君
   越智 伊平君    小島 敏男君
   佐藤 信二君    橘 康太郎君
   谷川 和穗君    近岡理一郎君
   桧田  仁君    平沢 勝栄君
   堀内 光雄君    矢上 雅義君
   河村たかし君    藤村  修君
   山元  勉君    倉田 栄喜君
   中村 鋭一君    鰐淵 俊之君
   石井 郁子君    児玉 健次君
   深田  肇君

委員外の出席者

参考人
(元長野五輪儀典アドバイザー)  吹浦 忠正君

参考人
(作曲家) 中田 喜直君

参考人
(國學院大學文学部教授・文学博士) 阿部 正路君

参考人
(京都産業大学日本文化研究所所長) 所   功君

参考人
(全日本教職員組合中央執行委員長) 山口 光昭君

参考人
(東京大学名誉教授・フェリス女学院大学名誉教授) 弓削  達君

内閣委員会専門員       新倉 紀一君

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○二田委員長
これより会議を開きます。内閣提出、国旗及び国歌に関する法律案を議題といたします。この際、参考人出頭要求に関する件についてお諮りいたします。本案審査のため、本日、参考人として元長野五輪儀典アドバイザー吹浦忠正君、作曲家中田喜直君、國學院大學文学部教授・文学博士阿部正路君、阿部参考人はちょっと電車の都合でただいまおくれておりますけれども、ただいま参ります。京都産業大学日本文化研究所所長所功君、全日本教職員組合中央執行委員長山口光昭君及び東京大学名誉教授・フェリス女学院大学名誉教授弓削達君の出席を求め、意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。

〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

○二田委員長
御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。

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○二田委員長
この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。

本日は、御多用中のところ本委員会に御出席いただきまして、まことにありがとうございます。参考人各位におかれましては、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。よろしくお願いします。

次に、議事の順序について申し上げます。まず、吹浦参考人、中田参考人、阿部参考人、所参考人、山口参考人、弓削参考人の順に、お一人十五分程度御意見をお述べいただき、次に委員の質疑に対してお答えいただきたいと存じます。それでは、吹浦参考人にお願いをいたします。

○吹浦参考人
ただいま委員長から御紹介いただきました、長野オリンピックの儀典アドバイザーをしておりました吹浦でございます。

私は、我が国の国旗・国歌を法的に明確にすべきであるという立場から、まずもってこの国旗・国歌法案に賛成であるということを申し上げ、参考人としての公述をしたいと存じます。

国旗・国歌は、国の公式制度の主要なものとして、きちんとした形で整備すべきであるというのが私の基本的な考えでございます。今お話もしたように、私はオリンピックにも関係いたしましたが、一九六二年、昭和三十七年に、高柳賢三先生を会長とする憲法調査会の中央公聴会におきまして、当時青少年団体代表として公述したことがございますが、その際にも私は、国旗を憲法で規定すべきであるという見解を述べ、この調査会の最終報告書にもこれは記載されております。三十七年を経た今日でも、この考えは変わっておりません。今国会で本院に設置の決定を見た憲法調査会においても、ぜひその方向で検討をしていただきたいとお願い申し上げます。

私はこれまでに、世界と日本の国旗につきまして三十を超える出版物にかかわり、また、一九六四年、昭和三十九年の東京オリンピック、また昨年二月の長野でのオリンピック等で、専門家として組織委員会への参画を要請され、各国旗のデザインの決定や制作に当たりましたが、いずれの場合におきましても、その際一番当惑したのが日本の国旗についてでありました。

すなわち、日の丸のデザインや色をどうするかということでございます。結果だけを申し上げますと、我が国で開催されました東京、長野両方のオリンピック、両方とも私自身が旗をつくったのでよく覚えておりますが、それぞれ異なったデザインの日の丸を掲げることになったのでございます。

(つづく)

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