さすがは三会堂ビル、弔旗をきちんと掲揚

3月11日、あの日から満3年の日、午後2時46分に私が主宰するユーラシア21研究所でも黙祷した。

そのあと、所用で日本財団に向かった際、隣接する三会堂ビルに黒布で覆い、かつ黒布を垂らした「日の丸」が掲揚されているのを見た。かくも本格的な長期の掲揚に久々にあった。

1931(昭和6)年、石原善三郎衆議院議員の発案で大日本帝国国旗法案が提出され、衆議院では満場一致で可決、参議院では、折からの満州事変など緊急の対応に迫られ、貴族院では審議未了、廃案となった。加えて、この法案に熱心だった石原が次の選挙にも大阪で立候補したが落選、後に倉敷の市長になった。

ちなみに、先年、私は菩提寺を訪ね墓参したところ、ご住職から石原の関するダンボール1箱分の資料をいただいた。

その国旗法案には、次の2か条がある。

第七條 大喪中國旗ヲ揭揚スルトキハ竿球ハ黑布ヲ以テ蔽ヒ且竿球ト國旗トノ間ニ國旗縱徑ノ六分ノ一、橫旗ハ國旗ト同一ノ黑布ヲ附スヘシ

第八條 弔旗ヲ揭揚スルトキハ竿球ヲ黑布ニテ蔽ヒ國旗ハ竿頂ヨリ國旗ノ縱徑二分ノ一下部ニ揭クヘシ

夕方の逆光ゆえ、私の腕と携帯電話ではこの程度の写真しか撮影できず、お分かりいただけないかもしれないが、さすが名門の三会堂ビル、十分な弔意をこの掲揚でお示しになっている。参考にしていただきたいものだ。

さきほど国立能楽堂での半旗を紹介したが、北海道、秋田、千葉、茨城、新潟、熊本の知人から、役所や学校で半旗になっていたとのメールをいただいた。合掌。

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