千 玄室前家元の国旗コラムから

2月11日の建国記念日を前に、産経新聞(2月9日付)は千玄室裏千家前家元がコラム「一服どうぞ」で「国を尊敬する心」という一文を乗せている。後段のみ紹介したい。


日本の国旗

千 玄室前家元

学徒出陣後、海軍特攻隊に志願した人という激しさと、茶道を追求した人としての静謐な人柄と、そのアンビバレントな気持ちの持ちようは、いかにも幅広い人格を示している。

海外留学を経験した「国際人」で、若いころには日本青年会議所(日本JC)の会頭の任にもあった。国旗についても以下の見方もすばらしいものをお持ちだ。

自分の国に生まれ、自分の国に嫌気を持つ人も少なくないようだ。国のシンボルは国旗であり国歌であるが、それを認めないというか反抗心をもって、敬意も祝意も報恩の気持ちも持たない人々がいる。そういう人が自国にいることは、言うまでもなくそれを認める側の人にとっては不愉快なことである。生まれた国の国旗や国歌に尊敬の心がないならば、認めることができなければ、他国へ移ればよいと思う。

また半面、気の毒に思う。個人の思想や考えは大切だが、それにはそれぞれの理由や意志があることはもちろんである。国民全員が国に対する帰属意識を国旗、国歌で表す国が世界にどれほどあるかも考えるべきであろう。それぞれの国の歴史の変革や成立を考えれば、各人の国に対する意識には相当な隔たりがあり、そうしたギャップを埋めるのは教育である。

幼稚園から大学まで、各学校でしっかりした躾(しつけ)教育ができているかというと全くできていないのではないかと首をかしげたくなる。戦後の教育現場の状況はごぞんじの通りで、戦前のような国を愛する国民としての基盤を教えた教育内容とは異なっている。

民主主義的な何でも自由・平等を中心にしたものばかりになった。周知のように、世界の国々では法律で国旗や国歌を定めているところと、慣行や慣例にという国もある。日本は島国であり、そこに住んでいる人々は群れの民族のようなものである。島という隔離された中で正しく世界を観察しなければならない。それには偏狭な心であってはならないし、自分自身で大きな広い視野を持つ必要がある。

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