天皇旗や菊の御紋章の使用例② 旅券にも菊花が

私たちが交付を受けている旅券(パスポート)の表紙にも菊の紋章がある。日本では法令上明確な国章は定められていないが、伝統的に十六八重表菊の紋章が、内外で国章に準じた扱いを受けている。

また、内閣総理大臣は事実上の紋章として五七桐花紋も、慣例的に国章に準じた扱いを受けている。首相が海外で記者会見をするときなど、演壇のマイクの下あたりにこの紋章が取り付けられている。

なお、日本の旅券の表紙にあるのは十六一重表菊の紋章。十六八重表菊紋章とは意匠が異なり、花弁の背景が二重になっていない。旅券にこの紋章が付記されたのは、1926年からのこと。

ところで旅券の一番下のしるしは?

2001年9月11日の同時テロ事件を受け、アメリカ合衆国は各国に、すべての種類の旅券をICパスポート(バイオメトリック・パスポート)化することを要請し、日本は、2006(平成18)年3月以降、一般・公用・外交全種の旅券の表紙に、このマーク、すなわちICパスポートであることを示す世界共通のマークを表示しすることにした。これによって、パスポートの中央部に厚めのページを挿入し、そこにICチップを埋め込むようにした。

ICパスポートは、この方式のパスポートは既に50カ国を超える国で導入されており、これらの国や地域では、自動出入国システムの設置が進んでいる。

わが国ではいち早く2007年11月より、成田空港に自動化ゲートが設置され、各地の空港でもそれ以降、順次採用されてきている。

ところで、菊が登場するのは『古今和歌集』や『源氏物語』など、平安文学から。当時、陰暦9月を菊月と呼び、9月9日を「重陽の節句」「菊の節句」とし、菊花酒を飲む習慣があった。「菊花の宴」「菊花の杯」で邪気を払い、長命を祈った。菊を用いた紋章や文様は吉祥文様として、好んで装束や幕などに用いられた。

下って鎌倉時代には、後鳥羽上皇がことのほか菊を好み、自らのお印として愛用した。同様に、後深草天皇、亀山天皇、後宇多天皇もこれを踏襲し、やがて十六八重表菊が皇室の紋章として定着した。

江戸時代にあって、幕府は菊の紋章の使用を自由とし、逆に、徳川家の葵の紋の使用は厳しく取り締まった。これによって、菊花の図案が多少形を変えてという場合が多いが、商標に取り入れられたり武家の家紋などとして提灯にまで描かれ、和菓子や仏具などの飾りに用いられるなど、大いに広まった。


皇室の菊花紋(十六八重表菊)

旅券の表紙にある十六菊の例

「十六八重表菊」が公式に皇室の紋とされたのは、1869(明治2)年8月25日の太政官布告第802号による。商船で掲揚すべき日本の国旗として「日章旗」を定めた翌年1月の太政官布告57号よりも約半年早い。

菊はこれ以前に皇室の代名詞とされ、幕末期に「菊は咲く咲く、葵は枯れる」という歌詞の流行りができたほどだった。葵はいうまでもなく徳川家の家紋。

それがやがて天皇を主権者とする明治憲法下で皇室の紋として重要視され、紙幣にまで用いられるように(現行の紙幣には日本銀行のマークのみ)なった。

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