往時のヴェネツィアの隆盛② ペリー来日以前の和書でも紹介


ペリー来日以前に刊行された『萬國旗艦』にもヴェネツィア(ヘ子チヤ)の旗の項があり、そこで紹介されている旗は、現在のものと基本的には変わっていません。

ヴェネツィアの旗。旗面の「流れ」といわれる末端部分が7つに分かれているのが特徴です。埠頭に接岸しているのは水上バス。2012年8月、ヴェネツィアで筆者撮影。

上の写真は、『萬國旗艦』といういわば「世界の国旗ポケット版」とでもいうべき、幕末の和書。弘化3(1846)年に刊行されたものを嘉永6(1853)に再雕とありますから、孝明天皇が即位したときにできたものをペリーが最初に来た年に再版したということです。

その本の81番目の国旗として、聖マルコのライオンを描いた旗が紹介されているのです。ヴェネツィアの最盛期は15世紀まで。その300年後に、鎖国下の極東の島国で紹介されているのですから、大した影響力というべきでしょう。

ところでこの本、筆者の家宝です。日本中でもおそらく2、3冊しかないかという稀覯(ここう)書です。

脇道にそれますが、還暦までアメリカ嫌い(いずれ詳細に書きますが今は結構、親米です)で、欧州に向かうときアンカレッジ空港には何度も立ち寄りましたが、訪米経験はありませんでした。せいぜい、パラグアイ訪問の途次、往復ともやむなくマイアミに泊まったほか、米大陸を知らずに82カ国を訪問していました。

閑話休題。「9.11事件」直後の最初の便で初めて訪米しました。そのとき、国旗に関する世界的権威であるWhitney Smithハーバード大学教授と会い、同教授が収集した、国旗についての古い和書の鑑定のようなことを依頼されました。その時に私は日本の本が日本で散逸し、アメリカの専門家のところに集まっていることに、ある種の愛国心が掻き立てられ、さまざまな方法で古書の存在を確認し、文字通り財布の底を叩き、自家用車を30万キロ近くまで使ったままにして、かろうじて4点、所蔵するに至りました。

閑話その2。愛知県岩瀬文庫、神戸大学の住吉文庫、早稲田大学図書館などにも、幕末期の世界の国旗を紹介する良書があります。これらについてはいずれ小欄でご紹介することになろうかと思います。

2013年、たまたま北イタリアを訪問する機会があり、ヴェネツィアでこの独特の形をした旗に出会い、ペリー来訪に備えた往時の人々の苦労と『萬國旗艦』のこのページに思い至ったのでした。

ヴェネツィアのシンボルである有翼のライオンは、先にも述べたように、像として、ヴェネツィアの聖マルコ広場ではもちろんのこと、ベルガモ、ヴェローナ、シルミヨーネをはじめ北イタリア各地やアドリア海沿岸諸国で見かけます。

ヴェネツィアは最近では映画祭で知られています。そのトロフィーはこのライオンそのもので、日本の映画では黒澤明の「羅生門」、稲垣浩の「無法松の一生」、最近では北野武の「HANA-BI」がグランプリを受賞しています。

ところで、南米ベネズエラ Venezuela の国名は、1499年に南米のこの地を訪れたスペイン人の探検者アロンソ・デ・オヘダとアメリゴ・ベスプッチが、マラカイボ湖畔に並び建つインディオたちの水上ハウス群を水の都ヴェネツィアに見立て、「小さなヴェネツィア Venezuola」と命名したことに拠ります。ヴェネツィアの影響力はこんな遠くにも国名として残っているということです。但し、その国旗はヴェネツィアを連想させるものはありません。


ベネズエラの国旗と国章
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