拝啓 森喜朗 元内閣総理大臣殿 「生きた化石」からのご忠告

私は日本がみずからの国家主権を大切にすることは当然であり、かつ、ロシアとは国家として相互補完性が極めて大きいと考えます。したがって、両国が北方領土問題を解決して、平和条約を締結し、国交を正常化することにより、互恵平等、友好協力関係を推進することを切望しています。

そういう考えではいつまでも問題解決には至らないと森元総理は仰るかもしれませんが、40年以上この問題に取り組んできた者としては、それ以前には、問題解決に何の歩みもなかったのですが、この間に、先方ではソ連が崩壊するなど、想定外の事態も起こり、相前後して両国・両国民の相互理解はずいぶん促進され、懸案の領土問題についても、ソ連・ロシアはかなり態度を変えてきたことをよく知っています。私は国家主権に関わる問題について安易な妥協に陥るのではは、日本が世界になめられるだけだと思います。この問題には、国民一人ひとりが、そして政府が矜持をもって、解決に当たるべきであると考えるのです。


日本の国旗

ロシアの国旗

『日本政治のウラのウラ -証言・政界50年-』森喜朗(聞き手: 田原総一朗)なるいっしょが、講談社から刊行された。山梨県在住のA氏が、「吹浦は日露関係の化石人間だと、名指しで書かれています。これは一大事では?」を入院中の私に教えてくれたので、即日、入手して読ませていただいた。

そこでまずは、森さんの偉そうな(失礼! 少なくともご自身では偉いと思っている)言いっぷりを再読しましょう。「第一章7 日ロ問題の化石人類」を転載します。

森 1956年の宣言では、歯舞・色丹の二島をまず返還するということになったのですが、日本側が四島一括返還を求めて話が流れてしまった。ぼくがプーチンと話し合ったイルクーツク会談では、二島を返還することをもう一度確認したのです。

──橋本・エリツィン会談の時も、エリツィンは「二島を返してもいい」と言ったのに、なぜ、いまだに返還されないのですか。

森 いや、これがね。いまだによくわからないのだけれども、外務省のなかに四島一括返還をお題目のように唱えている人たちがいるわけです。

──実は橋本・エリツィン会談の時の自民党の幹事長は加藤紘一なんです。彼は外務省出身で外交問題に長けていますから、ぼくは加藤に「せっかく二島返還が出てきたのになぜ、うまく行かないんだ」と聞いたら、「それが田原さん、難しい問題があるんだ」と答えていました。

森 それは、外務省内にあるアメリカンスクールやロシアスクール、チャイナスクールといった「派閥」のことでしょう。トップが誰になるかによって、政策の方向が変わるんだね。ロシアスクールのメンバーがみんな頑迷な四島一括返還論者かというとそんなことはないけれども、産経新聞の「正論」を書いている北海道大学名誉教授の木村汎やユーラシア21研究所理事長の吹浦忠正、青山学院大学教授の袴田茂樹らは「日ロ問題の化石人類」と呼ばれているようだね。彼らには、日ロ両国が相互に歩み寄って建設的に解決する気はない。とにかく四島一括でなければダメだと言っているわけです。

──森さんも橋本さんも、まず二島の返還を実現して、さらに交渉しようと言っているわけで、なぜそれが気に食わないのですか。

森 う~ん。だからね、彼らは、島を返されたら困るんじゃないですか(笑)。

──そこなんですよ。何が困る?

森 四島と一括りに言っても、それぞれ特徴があり、島民の感情も違う。択捉・国後は面積も広く、人口も多いが、歯舞・色丹は狭いので、あまり返還のメリットがないと言うわけです。択捉にはロシア人の住民が多いだけでなく、ロシアの軍事基地があり、飛行場もある。そういう現実があるのに、二島返還でお茶を濁すのかという学者もいて、外務省内でもそういう意見に同調する官僚もいる。

しかし、歯舞・色丹は、確かに面積はたいしたことがないかもしれないけれども、漁業権の面では大変な影響がある。イルクーツク会談で両国の話がついていれば、日本の漁船がロシア側に拿捕されて漁民が殺される事件が起きることもなかったんですよ。政治というのは妥協であって、四対〇か、〇対四かどちらかということにはならない。

──四島一括返還を主張する外務省内の勢力はそんなに強いのですか。たかが外務省じゃないですか。

森 う~ん。あるんでしょうね。だから、時の総理大臣、外務大臣が「こうだ」と言って方針を示し、引っ張っていかなければダメなんですよ。

──森さんが総理大臣の時、外務大臣は河野洋平でしたね。

森 一九五六年の日ソ共同宣言について、プーチンは「日本側も国会で批准している以上、日本政府は責任を持たなければいけない」と言っている。つまり、二島の返還についてはOKなのです。「残りの二島もただちに返せ」と言っても、プーチンの立場もあるから、お互いに知恵を出し合って実際的に考えるしかないのです。ガンの手術に例えれば、一度に四つを取り除く大手術ではなくて、まず取りやすいふたつを取って様子をみる方がいいだろうということです。にもかかわらず、この手術が終わらなければ、日ロの他の問題には一切応じないという頑なな姿勢を取ることほど、愚かな外交はないわな。

北方四島の返還については、〇対四、一対三、二対二、三対一、四対〇のどれかしか選択肢がないわけですよ。しかし、これだけでは解決は難しい。そこで、まず二島返還を受け入れる。後の二島は先延ばしにして、時代も首脳陣も替わった段階で、話し合いに入っていける方法をまた考えるのが一番いいというのがぼくの考えです。

──森さんが今回、ロシアに行く前にテレビ番組で三島返還について触れていましたが、あれはどういう意味ですか。

森 フジテレビ解説委員の反町 理がインタビューで引っ掛けたんですよ。北方四島の返還問題についてはいろいろな考えがあるわけで、「こういう考え方もある」というひとつの可能性として言及しただけのことです。日本のマスコミが愚かなのは、ぼくが発言通りに交渉すると思い込んでいることです。

この話はもう少し続くのですが、少し具体的に反論し、ご忠告申し上げましょう。

1. プーチンが「二島を返還することをもう一度確認した」というのなら、黙って2島をいただくにしくはないのです。そこで、日本側はそこで平和条約を結んではいけないのです。森さんの発言にはいつも、どの段階で平和条約を結ぶかについて触れられていません。私は時期がずれていようとも4島返還が一括して決定された段階で平和条約を締結すべきだと提唱しているのです。

2. なぜか? 日本の4島返還要求は、「法と正義」「歴史的・法的事実」「両国の間で合意の上作成され諸文書」及び「法と正義の原則」を基礎として解決することにより平和条約を早期に締結するという、1993年10月の「東京宣言」(細川・エリツィン首脳会談)で確認された、領土問題解決の3原則に基づくものであり、歯舞・色丹と国後・択捉を分離することはできません。これを受諾すれば、「東京宣言」で得た貴重な橋頭堡を失うことになります。

3. 「まず2島の返還で、国後・択捉は継続協議とすればいいのではないか」という意見には組みしません。1956年の「日ソ共同宣言」以来、今でさえ、効率的ないし積極的に交渉をしようとしないロシアが、2島返還後に(最悪はそれで平和条約を締結した後に)継続協議を行うなどと考えるのは夢のような話です。これまでの経過に照らし、ロシアを甘く見ることは到底できません。2島を返して何らかの条約を結ぶことは、事実上、それですべてが終わりということです。

4. 私たちはもちろん、4島返還で頑張ってきた諸先輩は何も魚がほしくて返還運動を行ってきたわけではないのです。ことは、国家の主権問題なのです。いやしくも元首相という人が「主権」ということの価値をご理解ないとは驚きです。「島が返っては困るのが吹浦らだ」というのは、公民権停止処分にある鈴木宗男がよく日本記者クラブなどで語っていたセリフです。森さん、事実をご存知ないし、少々、借り物を鈴木に返してはいかがですか? 自分の頭で発想しましょう。

5. 「北方四島の返還については、0対4、1対3、2対2、3対1、4対0のどれかしか選択肢がない」って、どうしてそう単純なんですか。島の数しか交渉の中身がないのですか? 「0:4で日露関係を発展させない道を選びますか」「4:0で懸案のシベリア開発に日本の大きく活用しますか」。私もかなり単純な人間ですが、このくらいのバリエーションはすぐにでも思いつきます。どうして、島の数だけで交渉するのですか?

日露両国はきわめて補完性の高い国どおしです。双方が結びつき、強固な信頼醸成ができることのメリットの大きさは計り知れません。

6. ついでにいうなら、等面積論(択捉の南4分の1あたりまでを日本の領土とする)、3島論(日本が4といいロシアが2というから足して2で割る3島返還論)なども、目先の知恵はあってもあまり頭のいい外交戦略ではないのではないでしょうか。

そうそう、化石についてです。「天下の元首相」に何と侮辱されてもいいですが、私は少なくとも生きています。ですから、人権無視はご遠慮いただいて「生きた化石」くらいにしておいてください。

「生きた化石」でもシーラカンズやメタセコイアほど貴重ではなく、珍重もされませんし、ゴキブリやソテツほどポキュラーではありませんが、それなりに日本を大事にする気持ちからあえて、矜持をもって反論させていただきました。

最後に、森さんは同学の先輩ですから、率直に申し上げますが、「反町 理がインタビューで引っ掛け」たなんて、情けないことは言わないでください。ロシアにはもっともっと怖い引っ掛け上手がたくさんいるのですから。

時節柄、ご自愛専一に願いあげます。

不二

吹浦 忠正
ユーラシア21研究所理事長

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