万国旗はいつごろからか?

「万国旗という言葉はいつから始まったのか」。愛媛県のMさんという大学講師の方からの質問です。「いやしくも大学の教師ならご自分で調べなさい」と返事したいところですが、さる友人の紹介ともあれば、ま、ここは寛大に。ただ、多忙中ゆえ、知っていることだけで勘弁してください。

この錦絵、「貴婦人慈善会の絵」とあります。いわゆる鹿鳴館時代のものではないでしょうか。それが全部、「日の丸」です。

どうやら万国旗というのは19世紀の末、日清戦争に勝って、世界の一角に登場しようとしたころからのもののように思います。日本人が世界に伍して行けるという自信を持ち始めた頃からのものではないでしょうか。

1904年の『風俗画法』304号に、「掛取り、暇さえあれば万国旗を描て居るさうだ」という一文があると、小学館「日本国語大事典」にはあります。この辞書では、まず、万国旗とは「世界の各国の国旗。また、それをつらねたもの。催し物などの会場に装飾として掲げたりする」と万国旗について説明し、そのあとに、『風俗画報』の引例のほか、

①『大寺学校』〔1927〕〈久保田万太郎〉三「万国旗や提灯の蜘蛛手に張りわたされた下に」、②『女猿』〔1948〕〈田中千禾夫〉一「天井に渡した折紙細工と万国旗を」、そして③『笹まくら』〔1966〕〈丸谷才一〉六「デパートの食堂を飾る万国旗の赤や緑や青や黄の卑俗な色彩が揺れた」を紹介している。
それぞれの引用例は約20年間ずつの間隔を置いているので、いつの時代にも万国旗はあったということがわかります。丸谷才一が「万国旗の赤や緑や青や黄の卑俗な色彩」と書いているのは少々気にかかる。もしかして、1964(昭和39)年の東京オリンピックのとき、私が作ったビニール製の参加国国旗の流れでその後、わりに軽薄な製造法で制作された万国旗のことをさしているのではないかという点だ。

ところで、私の手元には、鱸(すずき)奉卿という幕末の水戸藩士が書いた『萬國旗鑑』という、当時の世界の国旗を紹介した、ポケット版のカラー印刷史料がある。

この本についてはいずれ詳しくご紹介したいが、10数年前、自動車を買い替えるのをこられて大枚を充てて入手したもので、いまでも暗証番号がないと開けない扉に鎮座ましましている。この表題が「万国」の「旗」の事典か、「万国旗」の事典かについては異論があろうが、とにもかくにも万国旗という言葉の最も古い例の1つかもしれない。

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