日本で起こった国旗の逆掲揚

第3回アジア競技大会(1958年、東京・国立競技場)でのこと。5月25日、女子円盤投げ表彰式で三位に入った選手を称えるため、メインポールに掲げた中国(台湾=国連安保理常任理事国)の「青天白日満地紅旗」が逆さまだった。表彰式を直ちにやり直しし、田畑政治組織委事務総長と松沢一鶴式典委員長が謝罪文を携え、中国選手団の宿舎となっていた新橋第一ホテルを訪ね、陳謝した。


中華民国(台湾)の国旗「青天白日満地紅旗」

この一件で懲りたお二人からお声がかかって、まだ20歳そこそこの学生に過ぎない私が、組織委に迎えられ、1964年の東京オリンピックで、競技部式典課専門職員として仕事をさせていただいた。田畑事務総長は東京招致の中心人物であったが、インドネシアでのアジア大会でのトラブルから私とはほとんど入れ違いで組織委を去られたが、しばしば声をかけて激励してくれた。松沢委員長は競技部の参事として東京オリンピックでも深く関わり、いろいろご指導いただいた。

私にとって組織委での仕事は筆舌に尽くし難い、感動の日々であった。

東京オリンピック以降、1972年の札幌での冬季五輪のとき(35の国と地域から参加)までに、国旗が変わったのはカナダくらいのものだった。私は札幌のスタッフからの問いに何度かお返事したくらいで、直接的な関わりはしなかった。

しかし、1998年の長野での冬季五輪(72の国と地域から参加)のときは、組織委の式典担当アドヴァイザーとして勤務した。日本の国旗「日の丸」の白については東京五輪より白度を上げ(より純白に近くし)、円の直径を少し大きくした。そのときのことはまた、機会を改めて報告したい。

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