フランス系カナダとフランス「本国」の微妙な関係

産経新聞7月11日の黒沢潤特派員のコラム「I ♡ New York」に、フランス系カナダ人とフランス本国のフランス人の微妙な関係について、「フランス、フクザツ」と題した記事が出ている。短い中に優れた分析を織り込んだものと感心しながら拝読した。


1965年2月14日までのカナダ国旗。
䇦国旗をカントンに置くred ensignにカナダの紋章を配した、英国色の強いデザインだった。
紋章の中には、イングランド(立ちライオン)、スコットランド(三頭のライオン)、アイルランド(ハープ)、フランス(百合)、そしてカナダの象徴であるサトウカエデ。

1964年に提案されたカナダ国旗。
一時はこれに決まりそうになり、折からの東京オリンピックを前に、私はカナダの難しさを痛感したものだった。
これでは国旗が翻らない時、フランス三色旗を連想してしまうのではないかと思ったものだった。左右の青は太平洋と大西洋を表す。

さまざまな議論の末、東京オリンピックから3カ月余りを経た65年2月にこのデザインが採択された。
両脇の赤が太平洋と大西洋を表している。デザイン的により完成度が高く、英国系、フランス系ともしこりのない結論になった。

イギリスの国旗

フランスの国旗

フランス系移民が多く住むカナダ東部ケベック州では仏語が飛び交い、仏文化も色濃く残っている。最初の移住から4百年もの間、仏起源のアイデンティティーを守り続けている人々には、仏政府も特別な感情を抱いているようだ。

ドゴール元仏大統領はモントリオール万博開催時の1967年、モントリオール市庁舎のバルコニーで、「自由ケベック万歳」と絶叫した。さすがにカナダ国内では批判が巻き起こったが、サルコジ前仏大統領も「付かず、離れず」の立場で温かく見守り続けた。

一方、ケベックの人々の“祖国”に対する感情は複雑だ。「400年前の古語をちりばめた英語なまりの仏語を話すため、パリに遊びに行くと、『お前の仏語はチンプンカンプンだ。英語で話そう』と言われ、フランスを毛嫌いする人も多い」(外交筋)という。

ケベック州を訪れるフランス人の態度への不満も強い。モントリオールの民宿経営者は「フランス人は尊大だ」と記者に話した。仏国内の薬局で働く妹を持つブティックの女性店員(48)も「フランスが1位で、ケベックは2位と考えるフランス人の意識が大嫌い」と手厳しかった。モントリオール取材中、祖国・フランスを大好きだと公言するケベック人が少なかったことは意外に思えた。

私の体験でも首都のオタワから橋1つ渡るとモントリオールで、そこはもうフランス語圏、食事を済ませてオタワに戻るとまた英語という、日本人の感覚ではとても同じ国とは思えない不思議な気分だった。

また、このコラムの中にパリで「英語で話そう」というセリフにも、思うところがある。1968年に初めてパリを訪ねた時、街で英語で道を聴いたら「I can‘t understand such a dirty word.」ときれいな英語で拒絶された、その30年後には、行き交う人がみな英語で親切に道を教えてくれた。英語の世界化というべきか、世界がdirty word に席巻されたと嘆くべきか。フランス系カナダ人はどう思っているのだろう。

先年、畏友Joseph Carron氏が駐日大使をしておられた。フランス系カナダ人であり、中国、日本の大使を経て、インドに赴任した人(インドは英連邦の国なので、高等弁務官)である。こんど会ったら、このコラムを話題にしてみよう。

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